第9話 カワウソとパソコン
「今日はカワウソのままでしたねえ」
「そうだな」
二度目の変化後の朝。昨日も早めに寝た史晴だったが、今日の朝は美織が目覚めてもカワウソのままだった。それに、カワウソ姿の史晴はがっかりしている。
「昨日は変化の時間も早かったし、寝たらその分、時間がずれるだけなのかもしれない」
「そ、それはそれで困りますよね」
「ああ」
しかし、昨日は十時前に変化したのだから、今日は十時前までには人間に戻れるはずだ。そう考えられないかと提案すると、史晴は頷いた。
「そうだな。そう前向きに捉えるか」
「そうですよ。って、先輩。この二ヶ月はずっと昼から大学に来ていたってことですか」
「そうだ」
こくっとカワウソは頷いた。可愛い。しかし、深刻な問題だ。昼から出ることを葉月は許可したのだろうことは解る。たぶん、それで史晴は葉月を巻き込むことに決めたはずだ。研究を続けるには研究室の長たる葉月の裁量に掛っている。理由なしに昼から出勤が認められるはずはない。
「ともかく、今日は私も一緒に出ます。加藤先生にはその旨をメールしますね。それで、その間に魔法使いの行方を捜す方法を考えましょう」
「そうだな」
史晴はそれに同意し、ちょっとノートパソコンを貸してくれと言った。それに、カワウソでもパソコンを使えるのかと美織は驚く。
「当たり前だ。今まではインターネットで情報を集めていたと言っただろ。あのアパートにいる間、必死にこの格好でパソコンと向き合ってたんだ」
「な、なるほど」
廃墟に近い家だが、カワウソがうろうろする分には問題ないだろう。それにたしか、部屋の真ん中辺りの床にパソコンが置かれていた。しかし。廃墟でカワウソがパソコンを操作。シュールすぎる。
美織はノートパソコンを床に置くと、起動して開いてあげた。するとカワウソはするするとパソコンに寄り、二本の前足で器用にタイプを始める。マウスも抱えるようにして使っていた。すごい。中身が史晴だと解っていても感動してしまう光景だ。
「馬鹿か。それより朝食を作ってくれないか。ちゃんと家賃と食費は払う」
「い、いえ。私がお節介でやっていることですから」
「そうもいかん。いくらカワウソとはいえ、ちゃんと飯を食うわけだし」
「ええ、まあ、そうですね」
昨日の夜、史晴はちゃんとカワウソ姿で唐揚げを食べていた。カワウソに唐揚げっていいのかなと思ったが、中身が史晴だから問題ないらしい。それに、生魚を出されても困ると真顔で言われた。
そんな間にも史晴はインターネットを続けている。一体どうやってるのだろうと覗くと
「掲示板を作ってるんだ。君が魔法使いという発想をしてくれたから、それに関する掲示板も立ち上げてみた」
そう説明してくれた。なるほど、掲示板か。
「もちろん有象無象の情報が集まり、かえって面倒なこともある。だが、総てが非常識だからな。こういう情報も重要だ。他にもカワウソ関連を調べたり、呪いとは何かを調べたりはしている」
「す、凄いですね」
「が、所詮はネットだ。どうにもねえ」
史晴はそこでカワウソの髭を器用に前足で撫でた。考える時の癖になっていらしい。
「駄目ですか」
「ああ。参考文献なんかが載っているものは信頼できるが」
「そうですね。勝手気ままに書けますもんね」
「そうだ。それに宗教の勧誘である場合もあるし」
「それは、最も困るやつですね」
「だろ?」
なるほど、情報源として最適とは言い難いわけか。しかし、カワウソに変化しちゃう呪いなんて、初耳だし、本当にそんなものがあるのか。やはり、魔法使いがやったと考えるのが妥当っぽい。
「あ、コーヒーは飲みますか?」
「いや、ミルクをもらえるか。色々と食べても問題ないんだが刺激物は無理みたいなんでね」
「了解しました」
ともかく朝食と立ち上がった。台所に行くと、スマホが震える。葉月からの返信だ。パンをトースターにセットしながら内容を確認する。
「研究で代わりに手伝える部分があるならやっておくから、占部を頼む、か」
葉月は史晴だけではなく美織も気遣ってくれていた。それに胸が熱くなる。ではと、この間から解析しているデータの再計算をパソコンに入力しておいてほしいと頼むことにした。すぐに了解とのメールがある。
「あとは目玉焼きだと先輩が食べにくいか。スクランブルエッグとウインナーにしよう」
メールをしていたせいでパンが先に焼けてしまったが、気にしない。手早く卵を割ってスクランブルエッグを作る。そして空いたスペースでウインナーも焼いた。
「先輩、出来ました」
「おう」
相手はカワウソ姿だけど、朝食を作って返事があるのは嬉しい。パンとおかずを持って行く前に、ミルクを皿に入れてレンジで加熱する。その間に持って行ってと、ぱたぱたと動いた。その間、カワウソ史晴は真剣にインターネットを見ていた。
「何かありましたか?」
ミルクも温もったので食べようと声を掛けるついでに訊くと、史晴は身体を横に曲げて悩んでいるとポーズで示した。
「何が」
「いや、魔法使いってやつさ。悪魔だの魔神だの、余計な情報もわんさか来る。それに、魔法は科学と通じる部分があるらしくてなあ。現代でやっていることは、魔法としてされていたことだったり」
「はあ」
何だかややこしいのが出てきたんですねと、美織はパンに齧り付きながら、あっさり魔法で解決とはいかないかと唸っていたのだった。
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