第1535話 フェンリルがくしゃみをしました



「できれば、もう少し……夕食ができるまではやらせて下さい」

「こちらとしては助かりますが、あまり無理はしないで下さいね?」

「はい、もちろんわかっています。無理しない程度に頑張ります」


 楽しくなってきたからといって、削りを無理してまで続けるつもりはもちろんない。

 ガラグリオさんに答えて、再びナイフを使って木を削り始めた。


「ふぅ……! 結構、できるようになったんじゃないかな?」


 薄暗くなり始めた頃、木のささくれを削る作業を終えて息を吐く。

 釘打ちよりは早くできるようになったし、慣れている人達程ではないけど綺麗に削れるようにもなった。

 ちょっとした達成感を感じつつ、集中して固まっていた体を伸ばす。


「タクミ様、ありがとうございました。おかげで、こちらの作業はほとんど終わりましたよ」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。色々教えてもらいましたし、フェンリル達のための建物造りを手伝っていただいて」


 同じ作業をしていた人からのお礼に、こちらもお礼で返す。

 釘打ちの時は足を引っ張っていたような気もしていたから、役に立てたようで何よりだ。

 ささくれを処理する木材も、もうほとんどなくあと数本といったところ。

 建築も佳境に差し掛かっているかな……あくまで大まかに雨避けとしてはで、細かい部分を整えたり、作った建物内に関してはまだ時間を掛けてやっていく必要があるだろうけど。


「ガッフ~、ガウ~」

「残りの木材を運んできてくれたんだな」


 俺の近くにある、処理待ちの木材置き場へ別の場所から木材を咥えて、フェンリルが一列に並んで歩いている。

 これで最後なんだろう、新しく木材を村の方から運んでくるフェンリルはいないようだし、処理前の木材が置かれているところには、もう何もなかった。


「尻尾も振っているし、本当に楽しんでいるんだなぁ……って、ん?」


 鼻歌交じりの鳴き声を上げながら、尻尾を振り振り。

 フェンリル達もお手伝いを楽しんでいるようで何よりだ、と微笑ましく見ていた。

 だけど、俺の前……といっても数十メートルくらい先だけど。


 そちらを通過していく途中で、先頭のフェンリルの振っている尻尾が、後ろで木材を咥えているフェンリルの顔にバッサバッサと当たっている事に気付いた。

 結構、迷惑そうな表情になっているし、教えた方が良さそうだな……と思っていたら。


「ガ、ガゥ……」

「え、ちょ、ちょっと待て……!」


 顔に尻尾が当たっていたフェンリルが、鼻をヒクヒクさせながら顔を空に向け、何かに耐えるような鳴き声を漏らしている。

 あれはどう見ても……!


「ガ……ガップシュン!!」


 俺が止める間もなく、尻尾で鼻が刺激されたフェンリルの一体が、木材を咥えたまま思いっきりクシャミをした。

 その瞬間、反動で口から離れた木材がものすごい勢いで回転しながら、俺のいる方へ射出!


「っ!」


 距離があるから、勢いがあっても最初から気付いていた俺なら避けられるかもしれない……けど、俺以外の人達も周囲にいるわけで、さらに後ろには建築中の建物がある。

 木材も大きめだし、避ける避けないにかかわらずこのままじゃ大惨事に、と瞬間的に頭の中を考えが駆け巡り、どうしようもできずに硬直してしまう。

 そうしている間にも、回転しながら木材は俺の方へと飛んで来て……このままじゃ避けられない!


「ガーフ!!」

「……あれ?」


 体を固くし、備えてもどうしようもないだろう衝撃に身構えた瞬間、横から鳴き声と共に影が飛び出した。

 何が、と思う暇もなく、影が過ぎ去った後には飛んで来ていたはずの木材が、消失していた事に気付く。


「えーっと……?」

「ガウ、ガウワウガウ!」

「ガウゥ……ガーフ、ガウー!」

「ガ、ガゥ……」


 キョロキョロとあたりを見回した俺の目に入ったのは、地面に落ちた半分程で折れた木材と、その横でフェンリル二体を叱っている別のフェンリルだった。

 叱られている方のフェンリルは、クシャミをしたフェンリルが謝るように鳴きつつも、でもあいつが……と言っている雰囲気で、さっき先頭を歩いていた尻尾を振っていたフェンリルは、しょんぼりと項垂れて鳴き声で謝っているようだ。

 リーザやレオがいないので、雰囲気からそう見えるだけだけど、多分間違っていないと思う。


「だ、大丈夫ですか、タクミ様!」

「あ、ガラグリオさん。はい、なんともないですけど……一体何が?」


 フェンリル達の様子を余所に、別の場所にいたはずのガラグリオさんが飛んできた。

 木材に当たったわけじゃないし、なんともないんだけど……何が起こったのか、ちょっと頭の理解が追い付かない。

 いや、多分フェンリルがクシャミと共に射出と言っていいくらいの勢いで、咥えていた木材が飛び出し、それを別のフェンリルがインターセプトしたって事なんだろうとは思う。


 目に入ってくる情報からは、そうとしか考えられない。

 けど、良くても大怪我を覚悟した瞬間、何事もなくフェンリルが別のフェンリルを叱っているという、微笑ましいような姿が見えて、頭が追い付かないだけだ。


「はぁぁぁぁ……良かったです。昨日も同じような事があったんですが……」

「は、はぁ……」


 平気な俺を見て、大きく溜め息を吐いたガラグリオさん。

 俺だけじゃなく、周囲の人達や建物も無事だったからだろうけど。

 ともあれ、ガラグリオさんが言うには、昨日もこれと同じ事があったみたいだ。

 クシャミをしたフェンリルが、口にくわえた木材を射出する事件……頻繁に起っちゃいけないだろう。


 ともかく、その時も今と同じように別のフェンリルが横から飛び掛かって、射出された木材を体か前足で叩き落しているんだとか。

 近くで見ると影が飛び出したようにしか見えなかったけど、離れて見ているとなんとなく見えたんだそうだ。

 よく見れば、叩き落したからだろう折れている木材の近くの地面が少し抉れていた……叩き落した木材が当たったからだろうな。

 というか、体か前足かでという事は、何度か同じ事が昨日あったんだな。


「飛んで行く木材を見ると、背筋が凍るくらい危険な気もするんですが、誰にも何にも被害は出てなくて……だから一応、フェンリル達にはお願いとして気を付けるように、と言うくらいにしていたんですが」

「フェンリルにとっては、あんまり危険な事じゃないんでしょうね……」


 困った表情で言うガラグリオさん。

 それなりに仲良くなって慣れたとはいえ、本来はとんでもなく強い魔物であるフェンリルが相手だ、強く注意できなかったんだろうなぁ――。


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