第1533話 フェンリル達は楽しそうに手伝っていました



 建築作業のお手伝いをしているフェンリル達は、木材一本でも人が二人がかりで端を持って運ぶような大きさの物を、数本背中に括り付けている。

 他方では、背中に括り付けた木材の紐を、人が解くと別のフェンリルが口で咥えて降ろし、木材が積み上がっていくという作業も行われている。

 さらに不揃いな木材の長さを合わせるために、人が指定した部分を寸分違わず爪で切ったりとか……鋸(のこぎり)いらずだ。


 作られているのは小屋……と言っていいのかは微妙だが、厩のような雨避けの建物なんだけど、力が必要な作業は大体フェンリルが手伝っていた。

 さすがに屋根の上に乗ったりはしていなくて、そこくらいは人の手で色々と行われているようだけど、それでも資材を屋根上にあげたりするのはフェンリルがやっていたりもする。


「なんというか、教えればフェンリル達だけで一つの家を作りそうですね。いや、さすがに本当にそこまではできないでしょうけど……」


 作業を見ていると、そう思ってしまう。

 実際には、細かな作業は不向きだし人が担当しているから、本当に作るのは難しいんだろうけど。

 けど、ちょっとした木組みの家くらいは作れるかもしれない。


「なかなかの働き者達です。しかも協力的で、お願いすれば大体の事はしてくれます。まぁ、無理な事はお願いしませんし、難しい事があって当然なのですが」

「大きさはともかく、体のつくりが違いますからね」


 畑の整備でも手伝ってもらう事になっているし、まさかフェンリルが限定的とはいえ土木作業ができるとは。

 フェンリル達も、人に頼られて楽しそうだし尻尾を振っていて、不満そうにしているのは一体もいないから、ガラグリオさん達ともいい関係を築けているようでもある。

 フェンリル建築会社とか作れば、引く手あまただったりするかな……? いかんいかん、ここにいるフェンリル達は準備が終われば、駅馬で活躍する予定だ。

 今はただ自分達が雨宿りする場所を作っているからで、穴掘りはフェンリルにとって遊びの範疇だっていう事を忘れちゃいけない。


 ……地球でも、歴史上動物を使ってあれこれというのはあったけど、意思疎通がより簡単なフェンリル達がこれほどまでいろんな事ができるとは。

 従魔の扱いに関する問題もあるし、また不届き者が出ないとも限らない。

 色々と整うまでは、フェンリルに協力してもらう事の有用性はここだけにしておいた方がいいだろうな。

 最低限広まるのは、強さと人を乗せて走ってくれる、温厚で敵意のない者を襲ったりはしない、というくらいでいいと思う、今のところは。



「さて……こうして……んっ!」


 フェンリル達のお手伝いに感心した後は、真面目に建築の手伝い。

 とはいっても、俺は建築知識が豊富というわけでもないので、ガラグリオさんに指示を仰いでできる範囲での手伝いだ。

 俺に指示を出すなんて、と恐縮していたけどそこはなんとかお願いして、とりあえず釘打ちをさせてもらう事になった。

 片手で持てるハンマーを右手に持ち、左手で支える釘に向けて振り下ろす。


「っ……ぐっ、つぅ……!」

「だ、大丈夫ですかタクミ様!!」

「ははは、ちょっと……いえ、正直に言うと結構痛いですけど、なんとか大丈夫です」


 狙いが逸れ、左手の指をハンマーで打ってしまい、痛みに顔をしかめる……初心者がやりがちな失敗、かな。

 心配するガラグリオさんには苦笑を返し、指を舐める。

 唾を付けて冷やすと、少し痛みが治まった。

 まだ少しジンジンするが、血は出ていないしほんの少し赤くなっているくらいだから、問題ない。


「き、気を付けてくださいね。怪我をしないように……」

「ふー、ふー……はい、気を付けます。すみません」


 指先に息を吹きかけつつ、ガラグリオさんに頷く。

 色んな人に俺から怪我とかに気を付けるように、って言っているのに、俺が怪我をしたら示しが付かないからな。

 まぁ多少なら、ミリナちゃん開発の傷薬や、お試しで作った薬もあるんだけど……痛い思いはしたくないので、細心の注意を払う事にしよう。


「……よし、大分上手くいくようになってきた」


 何度かやっているうちに、釘を真っ直ぐ打てるようになってきた。

 初めの頃のように、自分の指を打つなんて事もほぼなくなってきている……危ない時はあったけど。


「でも、油断は禁物だな」


 慣れて油断した時が一番危ない、というのは釘打ちに限らずよく聞く話だ。

 釘を打つ速度は他の人達よりは遅くても、一つずつしっかりとやっていく事が大事だと、改めて集中する。


「うーん、さすがに小気味いい音が出せないなぁ」


 トンカン、トンカンと、俺以外の場所からは小気味よく、それでいてリズミカルな音が聞こえて来る。

 ある程度慣れたとはいえ、熟練には程遠い俺はその音に混じる事ができないのが、少し悔しい。


「ははは、でもさすがですね。もうかなり上手くなっていると思いますよ」

「ですなぁ。これなら、タクミ様にもまた手伝ってもらうようお願いする事もあるかもしれません」

「そうですね、役に立っているとは自分でもあまり言い難いですけど、何かあれば言って下さい」


 近くにいた人達が笑って言ってくれているけど、多分にお世辞も混ざっているんだろうな。

 それでも、そう言ってくれた事は嬉しいし、お願いされたらできる範囲で手伝いたい。


「……よしっ! ふぅ、大きくは動かなくても、集中すると結構疲れるもんだな……っと!」


 俺に任された釘打ちを終え、息を吐いて体を伸ばす。

 釘を打つ場所は様々で、しゃがんだり立ったままだったりと場合によって体勢を変えるし、集中もするので疲労感もあれば腰などにも負担がかかる。


「剣を振ったり、鍛錬をしたりするのとは違うけど、汗もかいてるし」


 激しい運動をしたわけではないけど、額に滲んだ汗はそれだけ集中していたって事でもあるんだろう。

 俺はただの釘打ちくらいしかしていないけど、建築作業をする人は大変なんだな……それは、この世界だけでなく重機や様々な道具が使われている、地球でも同じ事だ。

 なんて、わかっていた事だけど改めて実感した。

 でも、鍛錬とはまた違った働く事への充実感を感じるなぁ。


「ん……っ!? つぅ……」


 汗を拭いながら、木材に手を置いて少し休憩……しようと思ったら、木材に触れている手の平に鋭い痛みが走った――。



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