第1528話 村と別邸の行き来は難しくなさそうでした



「ふふふ、そうなると私の方がティルラに笑われそうですね、姉様は心配し過ぎです! とか」


 俺の冗談に、ティルラちゃんの真似をして笑うクレア。

 とはいえ、エルケリッヒさんが厳しく指導……というのは実はあまり想像できなかったりする。

 もちろん、教えるべき事は教えると思うけど、ここまでの様子を見る限りクレアやティルラちゃんには、かなり甘い人のようだったし。

 レインドルフさんの話があってからは、リーザにもか……リーザが楽しそうに遊んでいる様子を見て、目を細めて笑っているのを何度か見かけた。


「それに、フェンリル達の中から何体か別邸に行ってもらう予定だし、ラーレだけじゃなくてコッカーやトリース達もいるからね。寂しいなんて感じる暇は少ないかも?」


 護衛の意味もあるし、フェンリルの森に残っているフェンリル達との連絡役として、何体かのフェンリルに別邸へと行ってもらおうと考えていて、フェリーには既に許可を取っている。

 フェリーは群れのリーダーとして、別邸とこの屋敷を行ったり来たりする予定でもあるけど、それは駅馬でそれぞれの場所を見廻るように考えていたし、あまり大きく変わらない。

 それに、騒がしいコッカーやトリースもいるから、ティルラちゃんが寂しがる時間があるのかどうかも怪しいくらいだ。

 もちろん、クレアがいない、レオがいない、リーザがいない、という寂しさはあるんだろうけど。


「だからまぁ、心配し過ぎずに、ティルラちゃんがちゃんと成長できるように見守るくらいで、いいんだと思うよ。近くでは、見られないかもしれないけど……」

「そうですね、それが姉の役割かもしれませんね」


 俺の知っている姉は……実際には伯父さんの娘で、従姉妹だけど。

 弟のようにかわいがってくれた姉は、結構過保護でただ見守るという事ができない人だったけど、クレアの言うようなお姉さんがいてもいいと思う。

 というか、そっちの方が兄弟姉妹に多いのかも? 他の例をあまり知らないけど。

 なんてちょっとだけ日本の事を思い出して、俺も寂しくなってしまった……いけないいけない、今はクレアとティルラちゃんの事だ。


「ワフ、ワーフワウワフ。ガウワフ、ワッフワフ……」


 レオ自身もティルラちゃんと離れるのは寂しいんだろうけど、それよりクレアを励ます事を優先したようだ。


「ん? まぁそうかもな。確かにラーレに乗ればひとっ飛びか」


 レオが言ったのは、ラーレに乗って空を飛んでくればここまですぐに来れるから、ティルラちゃんが会いたいと思えばすぐに会える、と。

 速度で言えば、ランジ村とラクトスを半日かからず往復できるレオ程じゃないみたいだけど……いやでもあの時は、ラクトスに向かう時フィリップさんを背中に乗せていたか。

 振り落とさないよう全力では走れなかったはずだから、ラーレもそれくらいの速度で飛ぶ事ができるなら、もしティルラちゃんが寂しがった場合、すぐにここまで飛んで来れるだろう。

 それこそ、多少無理をすれば日帰りもできそうだ……さすがにしないだろうけど。


「考えてみれば、フェンリルに乗っても、来ようと思えば来れるんですよね」

「そうだね。まぁフェンリルの場合は、途中で休む必要があるだろうけど」


 フェンリルの体力的な意味ではなく、単純に時間がかかって野営で一泊という意味だ。

 専用の鞍を使って落ちる心配がほぼないラーレと違い、フェンリルはどれだけ急いでも振り落とされないようにする必要があるからなぁ。

 いや待てよ、ラーレに取り付ける鞍を、フェンリル用に改良すればもっと速度を出せるか……いや、でも空を飛ぶラーレよりも、フェンリルの方が乗っているティルラちゃんの疲労は強いはず。

 馬より揺れず、柔らかいモコモコした毛があるとしてもだ。


 でも、長距離移動の方法としては悪くないかも……? フェンリル特急便とか、馬での強行軍を敢行するくらい急いでいる場合に需要がありそうだ。

 とりあえずこれは、要相談案件だな。


「タクミさん?」

「あぁ、ごめん。余計な事を考えてた。俺の悪い癖だね」


 急に考え込んでしまった俺を不思議に思ったのか、クレアが首を傾げて俺の顔を覗き込む。

 本当、いきなり話していた内容から逸れて、別の事を考えてしまうのは悪い癖過ぎるな。

 気を付けよう……と考えつつも、またやってしまうんだろうけど。


「ふふ、でもそうしてタクミさんが考えた事は、私達では考え付かない事が多いですから」

「そう、かな?」

「はい。ふふ……」

「ワフゥ……」


 謝った俺の様子がおかしかったのか、笑うクレアはさっきまでの寂しさを滲ませた表情ではなくなった。

 まぁ、一応役には立った、のかな。

 レオは溜め息を吐いているけど。


「と、とにかく。ティルラちゃんはラーレがいれば、いつでも会いに来れるだろうって事で。それなら、レオも俺も、クレアもあんまり寂しくはないよね?」

「ふふふ、そうですね。もちろん、いつも一緒だったティルラがいない、という寂しさはありますけど、いつでも会えると考えれば寂しさも薄れます」


 無理矢理話を戻したのがクレアにもわかったのか、また笑われてしまったけど、それはともかく。

 クレア自身の寂しさも多少、薄れてくれたみたいだ。


「ワフワフー」

「こちらから会いたくなった時は、レオがいてくれるから。な、レオ?」

「ワッフ!」


 レオに呼びかけると、もちろんというように鳴いてお座りの体勢のまま胸を張った。

 鞍を付けるのはレオが嫌がるからできないから、さっき考えたフェンリル特急便はできないけど、暇があれば俺達が別邸に行く事も簡単にできるってわけだ。

 リーザも、ティルラちゃんがいないと会いたがって寂しがりそうだからな。


「レオ様がいて下されば、心強いです。よろしくお願いしますね?」

「ワフワフ!」


 改めてクレアからもお願いされ、任せろとレオが頷いた。


「レオが一緒なら、クレアとラクトスに行って見て回るって事もできるからね」

「はっ! それって……」

「まぁ、そういう事。二人っきりってわけじゃないけど、ね?」


 他のフェンリル、もしくは護衛さんが付いて来る可能性もあるし、それこそリーザも来るかもしれない。

 レオがいるため、完全な二人っきりにはなれないけど……俺としてはデートの誘いみたいなものだな――。



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