第1518話 聞き馴染みのある樹木の呼び名が出ました



「フェンリルより嗅覚が鈍いカウフスティアに影響を与えるのなら、嗅覚の鋭いはずのフェンリルが影響を受けないわけがない、という事ですね。影響以前に、何もおかしな臭いは感じないようでしたが」

「そうです。リーザ様にも興奮とは違うとはいえ、気持ち悪くなるという影響を及ぼしています。なら、フェンリルに何かの影響が及んでいてもおかしくないのではないかと」


 確かにカウフスティアに影響を及ぼした何かが、あの場にいたフェンリル達に何もない、というのは気になる。


「そうですね、ただこれに関しては……」


 フェンリル達も、あの場所を離れてから少し気分が軽くなったみたいな事を感じていたらしい、だから何も影響がなかったわけじゃない。

 さらにレオ曰く臭いはもうほとんどなくなりかけていたから、ほとんど影響がなかったのだろうという事。

 それと、実際にカウフスティアがいた場所は俺達のいた場所とは別で、距離を取っておびき寄せたわけだからもしかしたらそれが原因で臭いをフェンリル達が感じられず、ほぼないような影響で済んだのかもしれない。

 という事をルグレッタさんに話す。


「成る程……消えかけであり、距離があったからレオ様にしか感じられなかったと」

「おそらくですが。ただ、その場合リーザだけ強く影響を受けて気持ち悪くなった、という事の説明がつかなくなります。これも一応……」


 リーザは体が小さいから、フェンリル達と比べてはっきり臭わない程度であっても、気持ち悪くなってしまったという理由も考えられる。

 その他に、確かリーザは急かされるような気持ちと、自分の気持ちが相反するようになってとか、二つの気持ちがあったせいで体調が悪くなったようだった。


「だとしたら、臭いが原因とだけ決めつけるのは少々危険な気がするな……」

「ハルトの言う通りだな。だが、それでもレオ様が嗅ぎとった以上、臭いも何かしら関係しているだろう」

「臭いが原因なだけでなく、他の理由も考えねばなりませんねお爺様、タクミさん」


 エッケンハルトさん、エルケリッヒさん、そしてクレアの言葉に頷く。

 嫌な臭いを嗅ぎ続けて、体調が悪くなるという事はあるが、今回の場合リーザはその臭い自体を感じていなかった。

 レオが感じ取った臭いというのはもちろん気になるし、一番の原因である可能性が高いけど、それだけと決めつけずに他の可能性も探っておいた方がいいと思う。


 それで結局、臭いが全ての原因だったとしても、それはそれだ。

 はっきりとした事がわからない以上、多方面から原因を探るのは悪くはないはずだ。


「アルトゥルさん」

「は、はい?!」


 俺が呼びかけると、緊張した様子で答えるアルトゥルさん。

 そんなに緊張しなくてもいいんだけど、まぁ仕方ないか。


「森の中で……村の人が入る事がある場所までで、奥の方やあまり人が入りそうにない場所は良いんですが、とにかく臭いを発生させるような植物はありますか? 植物に限らず、何か特殊な魔物や動物とか……」


 臭い以外では、どんな可能性があるのかまだわからないため、こんな聞き方になってしまう。

 カウフスティアがいた場所には、レオやフェンリル達によると同種族のカウフスティアがいる以外、他の魔物含め、植物以外の生き物はいないようだったから、そちらが原因の可能性は低いけど。

 ただもしかしたら、遠隔で何かができるような存在がいたりするかもしれない……日本での常識ではなく、魔法があって魔物がいるこの世界、そういったのがいてもおかしくないと思うから。

 まぁ日本でも、遠隔で何かをというのは可能だったりするけど、電波とか。


「……臭いのする植物、というのはあります。ただ、今回の事に関係があるかどうかは」


 少し考えて、自信なさそうにそういうアルトゥルさん。

 俺だけでなく、皆から注目されているから変な事や関係ない事を言ってしまわないように、と考えているんだろう。


「構いませんよ。今はどんな可能性でも探ってみた方がいいと思いますから」


 ほとんど何もわからない状態に近いんだから、関係なさそうな事でも知っておいた方がいいと思う。

 意外とこういう場合は、関係なさそうな事からヒントを得られたり、ズバリ核心だったりする事が往々にしてあるからな。

 大体は、推理物など物語での場合だけど。


「は、はぁ。でしたらそうですね……魔物が嫌って近づかない臭いを発しているらしい、という樹木があります」

「らしい、というのは?」

「いえその、人間には特にこれといった特別な匂いをほとんど感じないんです。近付いて、幹を削ってわざわざ香りを嗅いで初めて、変わった匂いがするな……といった程度で。嗅いだ事はありますが、特に私は嫌な臭いだとは感じませんでした。ただ、確かにその樹木には魔物が近付くところを見ないので……」

「成る程」


 実際に魔物が近付かないようにしている場面か何かを、誰かが見た事があるんだろう。

 本当に近付かないのであれば、確かに人間には感じない嫌な臭いを発しているのかもしれない。


「失礼、それはもしかしてクスノキという樹木ではありませんか?」

「あ、はい。その通りです」


 セバスチャンさんが質問し、アルトゥルさんが頷く。


「クスノキ……?」


 クスノキと言えば、もちろん日本にもある樹木で、建築用などの木材として使用されている物だ。

 そういえば、ちょっと変わった匂いというか防虫剤? みたいな匂いがするとか、人によっては懐かしいと感じる事もあるとか。

 大体は、昔のタンスの防虫剤として使われていたかららしいけど。

 防虫……虫を寄せ付けない匂いが、この世界では魔物を寄せ付けないような臭いになっているとかだろうか?


「クスノキは、魔物避けとして古くから使われています。そうですね……旅をする者、商隊を率いる方々などには重宝されているようです。とはいえ、一部の魔物にしか効果がなく全ての魔物が寄り付かない、という程の効果は望めないのですが」


 俺が呟いた言葉が聞こえたのか、朗々と説明を始めるセバスチャンさん。

 いつも通り、幾分か若返ったかのように生き生きしているのはともかくとして、確かに魔物が近寄らない臭いというので効果があるらしい。


「魔物避け以外の用途はあったりしますか? 建材として使ったりとか」


 俺の知っているクスノキは、建材として使われていたりするから……こちらの世界でも使われていたりするんだろうか、という単純な興味から聞いてみた――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る