第1477話 予想外の人が屋敷に到着しました



「それじゃ、おやすみレオ」

「ワゥ」


 リーザを起こさないように、小さな声で挨拶をしてレオからの返事の鳴き声を聞きながら目を閉じた。

 朝の散歩というかマラソンみたいに走ってもいたし、レオもぐっすり寝られるだろうな。

 俺も今日は、身体的な疲れは少ないけど、緊張したり頭脳労働をしたりしたからよく眠れそうだ。

 他の人達も同じくだろうな……なんて考えながら、意識が溶けて行った――。



 ――翌日、今日は特に何事もなく、昼食後に昨日程は多くない書類の確認をしていたら、ジェーンさんが俺を呼びに執務室にきた。


「旦那様、お客様がお見えになっております」

「お客?」


 誰だろうと首を傾げたが、すぐに従業員さんが到着して挨拶に来てくれたんだろうと思い当たる。

 ジェーンさんに聞いてみると、それで合っているようだ。

 同じく書類仕事をしてくれていたアルフレットさんに断って、ジェーンさんと一緒に客間へ向かう。

 その際、アルフレットさんとジェーンさんが、小さな仕草で合図を送り合っていたのを見た。


 夫婦の二人は、特に何を伝えるわけでもないけどこうした時に、ちょっとした合図を送るようにしているらしい。

 成る程、二人だけにわかるちょっとした愛情表現みたいなもの、なのだろう。

 俺もクレアと、そういった事をしてみるかと考えてしまうくらいには、羨ましく感じたのはここだけの話。

 ちなみに、ジェーンさんを始めとして使用人さん達には、エッケンハルトさんを呼ぶ時と混同しないよう、主様呼びは浸透しているみたいだけど、俺からのお願いでエッケンハルトさんが近くにいない時は旦那様呼びにするようにしてもらっている。


 最初は皆が呼び慣れるために、いなくても主様と呼んでいたアルフレットさん達だけど、もう慣れたからとすんなり承諾された。

 ……俺がお願いする必要はあまりなかったみたいだ。

 ま、まぁそのおかげで、思ったよりも早く旦那様呼びに戻ったと考えておこうと思う。


 こっちもこっちで、あまり慣れないけど……主様よりはいいかな。

 そんなこんなで、ジェーンさんに連れられて屋敷の客間の前に到着。


「旦那様をお連れ致しました」


 ノックと共に、部屋の中に声を掛けるジェーンさん。

 中からライラさんの声が聞こえ、ジェーンさんが扉を開いて客間に入るとそこには……。


「タクミ様! ご無沙汰しております! このデリア、タクミ様方のため馳せ参じました!」

「お久しぶりでございます、タクミ様」

「タクミ……っと、以前と違うんだった。タクミ様、村以来です。ご壮健で何よりです」

「デリアさん!? それに、ペータさんにカナートさんも!」


 客間に入った俺に向かって黒い影が飛び出し、目の前で着地と同時、恭しく跪いたのはデリアさん。

 その後ろから、同じように片膝を付いた状態で迎えてくれたのは、ブレイユ村で出会い、薬草畑のまとめ役として雇ったペータさんに……ニャックを売っていたカナートさんだ。

 カナートさんには、ブレイユ村にいた時には友人のように接してもらっていたから、言葉遣いにちょっと戸惑っているようだけど。

 顔見せの時、会って話したりしたのになぁ、まぁ期間が開くとそんなものかな。


「ワフッ!」

「旦那様、レオ様とリーザお嬢様がデリアさん達がこの村に到着した事に気付き、こちらへ」

「成る程。――ありがとうなレオ、リーザも。それからデリアさん、跪く必要はないから立って……だと話しづらいか。とりあえず、座って下さい」

「ワフワフ~」

「えへへ~」

「はい、畏まりました!」


 デリアさん達に驚いていると、扉の横にいたレオが鳴いて主張し、ライラさんがここにいる理由を教えてくれた。

 褒めるように伏せをしているレオと、その背中に乗っているリーザを撫でておき、デリアさんには座ってもらうよう促す。

 しばらく会っていない……といっても、ひと月も経っていないけど、デリアさんってこんな感じだったっけ?

 レオがいるからだろうけど、多少畏まった感はあれどもう少し砕けた接し方だったような気がするけど……。


「ふぐっ! ~~っ!」

「緊張しすぎだぞ、デリア? 気持ちはわからんでもないが……」


 長く細い猫っぽい尻尾をピンと伸ばしたデリアさんは、客間のこれまで座っていたであろうソファーに向かう……が、そのソファーの足で自分の足の小指を打ち付けて悶絶した。

 それを見て、ペータさんが注意しているけど……痛みに耐えているデリアさんに届いているかどうか。

 尻尾も伸ばしたまま小刻みに震えているし、あれ結構痛いんだよなぁ。


「改めて、久しぶりです。デリアさん、ペータさん、カナートさん」


 デリアさんの小指の痛みが治まるのを待ってから、改めて仕切り直しの挨拶。

 その間に、向かい合うように座ってライラさんやジェーンさんにお茶を淹れてもらった。

 レオは座る俺の左隣でお座りし、手を伸ばしてゆっくりと撫でてやっている……まだ褒められ足りなさそうだったからな。


 デリアさんがいるならリーザにも関係あるだろうと、とりあえずリーザはレオから降りてもらい、俺の右隣に座ってお茶に息を吹きかけて一生懸命冷ましている最中だ。

 やはり獣人だけあってか、猫舌みたいだからな。


「それでえーと、どうしてデリアさん達がここに? いえ、来るのはわかっていましたけど、もう少し遅いかと」


 ブレイユ村からだから、荷物もあって到着は明日以降だと思っていた。

 出発の報せは来ていたから、大体これくらいに来るだろうと予想していたけど……それよりも随分早い。


「フェルに乗せてもらってきました! 荷物もあったので、少し遅くなってしまいましたが……」


 デリアさんが言うには、フェル……ブレイユ村近くの森にいた、赤ん坊のデリアさんを助けたフェンリルに乗って来たため、早く来られたらしい。

 荷物は荷馬車ではなく、荷車みたいだけどフェルが曳いていたとか。

 そのため、フェルにただ乗って走ってもらうなら、昨日のうちには到着していたはずが、今日になったとか。


 俺が駅馬でフェンリルに協力してもらおうとしていた事を、デリアさんが先に実践したわけか。

 馬に乗っての到着予想より、早く来れるわけだな。

 やっぱり、移動の日数を減らせるのはかなり良さそうだ――。



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