第1474話 ご飯と味噌汁を実食しました



「はぁ……お父様……」

「な、何故私だけなのだクレア!?」

「それは、ハルトが手を伸ばそうとしているからであろうに」


 俺が待ちきれないのと言ったのは、全体の事のつもりだったのに、溜め息を吐いたクレアはエッケンハルトさんにジト目を向けていた。

 抗議するエッケンハルトさんに、エルケリッヒさんが鋭く指摘。

 他の皆も、早く食べたい! と表情に思いっ切り出ているけど、エッケンハルトさんは料理に手を伸ばそうとする右手を、左手で押さえているくらいだったから、言われても仕方ないのかもしれない。


 傍から見ていると、腕に何か良からぬものを封印されている人が、「疼く……」なんて言いそうな恰好だった。

 まぁこれがわかるのは俺の他には、ユートさんくらいだろうから、口には出さないけど。


「それじゃ……これはこの国、少なくとも公爵領では珍しい食材を使った物で、ヘレーナさん達料理人さん達が頑張って調理してくれました。皆が空腹で耐えられなくなる前に、ありがたくいただきましょう!」


 全体への合図を促され、椅子から立って皆に届くように大きめの声を出す。

 それと共に、一斉に食事が始まった。

 ヘレーナさんは俺から離れ、他の人達に焼きおにぎりなどを配っている。

 まだ食事が開始したばかりだけど、いくつかあるおひつや寸胴鍋の近くに料理人さんが待機していて、希望者にはおかわりもあるようだ。


「俺も……頂きます」


 椅子に座り直し、手を合わせる。

 ご飯と味噌汁を前に、というのは少しだけ日本にいた頃を思い出させるな……周囲の環境が全く違うし、外だけど。


「ん~?」

「どうかした、ユートさん?」

「いや、この味噌汁は何か足りないなぁって思ってね。まぁでも、美味しいのは間違いないんだけど」

「何か足りない……?」


 俺より先に料理、というか味噌汁を啜ったユートさんが首をかしげていたので聞いて見ると、思っていたのと少し違う味らしい。

 美味しそうな味噌の匂いがしているから、大丈夫だと思っていたんだけど……。

 ともかく俺もと、味噌が沈殿しないようスプーンでかき混ぜながら、お椀を口に付けて啜る。

 できればスプーンではなく、箸が欲しかったけどない物ねだりはしないでおこう……木材が豊富だから、そのうち作ればいいからな。


「ズズ……んー。確かにユートさんの言う通りかも」


 啜った味噌汁は、美味しいのは間違いないんだけど……ユートさんが言っているように、想像していた味とは少しだけ違う気がする。

 特に俺は味覚が敏感というわけではないので、気がする程度だと本当に気のせいかもしれないけど。


「でしょ? 何が足りないのかなぁ?」


 俺と同じように首を傾げるユートさん。

 同じように最初に味噌汁を飲んだ他の皆は、十分美味しいと満足そうな表情をしているけど……。


「あ……もしかして……?」


 ふと、思い出す事があった。

 味噌汁って、確かに味噌を溶かした汁物だから間違ってはいないけど、あれって出汁を入れるんじゃなかったっけ?

 伯母さんが作ってくれた味噌汁、それから一人暮らしを始めてからお世話になったインスタントの味噌汁には、どれも入っているはず。

 というか、出汁を入れると聞いた覚えもある。


「出汁を入れていないからじゃないかな? いや、でも……あぁそうか。具材から出汁が出ているから、ちょっと違う気がしても美味しいんだ」

「あーそうかぁ! 成る程、出汁かぁ……それは仕方ないねぇ」


 味噌汁に入れる出汁と言えば、鰹節や昆布からとった物が多い……かな? 多分。

 他に魚とかは、あら汁になるけどあれも味噌汁の一種と言えるだろう。

 どちらにせよ、海産物からとった出汁を入れていないから、俺とユートさんにとっては違う味に感じたんだろう。

 とはいえ、ジャガイモや玉ねぎを始めとした具材からの出汁……というかうま味かな? が出ているようなので、十分過ぎるくらい美味しい。


 出汁の入った味噌汁じゃないと満足しない! なんて事は一切ないし、味噌の味ですでに考えている間も感動が込み上げて来ていたりするので、大満足だ。

 ヘレーナさんには、後でしっかり感謝を伝えなければ!


「っと、味噌汁ばかりじゃなくてこっちも……」


 味噌の味が口に残っている間に、フォークにご飯を載せて口の中へ。

 懐かしさすら感じる歯ごたえと、ほんのりとした甘み。

 残っていた味噌の味と絡み合うのも、ご飯の主張し過ぎない味そのものだ。

 味わうように咀嚼し、そして飲み込む……食道を通り、胃へと降りていく頃には……。


「う……うぅ……!」

「タ、タクミさん!?」

「ど、どうしたのだ!?」

「パパ、どこか痛いの?」

「ワフ!?」


 思わずポロリと、目の端から零れ落ちる涙。

 口元を抑え、小さく嗚咽を漏らす俺を見てか、周囲がざわついた。

 というか、クレア、エッケンハルトさん、リーザ、レオが心配して驚いているようでもある。


「ご、ごめん……ちょっと感動しちゃって。こんなに美味しかったんだなぁって」


 目元を拭いながら皆に謝りつつも、自然と顔が綻ぶのがわかる。

 俺の顔を下から覗き込むようにしながら、心配してくれているリーザには、安心してくれるよう撫でておいた。

 テオ君とオーリエちゃんもびっくりしているようなので、クレアやレオも含めて皆に大丈夫と問題がない事を示すように手を振っておいた。


「エッケンハルトさんも、すみません」

「う、うむ。タクミ殿がそれほど感動するとは思わなかったが……気にするな」

「あははは! タクミ君は感動屋だなぁ。まぁ、気持ちはわかるけどね」


 俺が謝ったのに対して頷き、でも不思議そうにするエッケンハルトさんとは別に、ユートさんは楽しそうに笑っていた。

 自分が感動屋だとはあまり思わないけど、でもユートさんが笑ってしまうくらい大袈裟だったかもしれない。

 長い間追い求めてというわけでもないのに、ご飯を食べただけで泣いてしまうなんてなぁ。

 美味しい物を食べて感動する、というのは間違っていないと思うけど。


「はは、やっぱりちょっと大袈裟だったかな。昨日食べられなかったからってのもあるかもしれないけど……」


 目の前に持って来られていたのに、準備が必要だからとすぐには食べられず、おあずけを食らったせいもあるかもしれないと苦笑。

 食べたいのに食べられない苦悩みたいなものが、少しだけわかってこれからはレオにソーセージとかを前にして、待てをするのを少しは控えようと思ってしまったのは余談か――。



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