第1464話 クレアと二人で書類確認を進めました



「もう少し、ライラも素直に……まぁそうしたら、私が困るかも……」

「クレア?」

「あ、いえ、なんでもありません」


 何やらクレアがライラさん達が出て行った後の、閉じられた扉を見て小さく呟いていたけど、よく聞こえなかったので名前を呼んで問いかけてみる。

 俺の声に気付いてこちらを見ながら、首を振るクレア……これは何か誤魔化された?

 まぁ深刻な事じゃないっぽいし、あまり突っ込んで聞かなくても良さそう、かな。


「さぁ、お手伝いさせて下さい。えっと、どれからですか?」

「えっと、こっちはもう確認済みで、こちらがこれからだね。今はこれを確認していたところだよ」


 両手を胸の前で握り、むんっと意気込む可愛い仕草のクレアに頷き、クレアが来るまでに見ていた書類を見せながら、確認済みと未確認の書類の区分けも伝えた。


「わかりました。それじゃあ……ん、しょ……これで一緒にできますね?」

「う、うん。そうだね……」


 さっきまでテオ君が座っていた椅子を持ってきて、俺の隣に座るクレア。

 すぐ隣から、こちらを覗き込むようにしながら微笑むクレアが眩しくて、書類仕事に集中できるかが不安になりながら、取り繕うように頷いた。


「ふふ」

「ん?」


 隣にクレアが座ってから少し、不安だったけど意外と集中できた書類の確認中、横にいるクレアが唐突に笑い声を漏らした。

 どうしたんだろう?


「あ、すみません。なんだか、こうしているのが楽しくて」

「楽しい? 書類と睨めっこするのは、あまり楽しいとは思えないけど……」


 特別体を動かす方が好きというわけじゃないが、文字や数字を見ているよりは動いていた方がいいと思うタイプだ。

 だからといって頭脳労働より肉体労働の方が好き、というわけではないんだけど。

 でも最近は、剣の鍛錬もあって体を動かすのが楽しくなってきている。

 まぁ、どうでもいい事をつらつらと思考するのも好きなんだけど。


「いえ、私も一人だとつまらないと感じます。それでもやらないといけないので、投げ出したりはしませんけど……でも、こうしてタクミさんと二人だと、これまでつまらなかった事も楽しいと感じるんです」

「あぁ、成る程。一人より二人ってわけだね」


 一人でできるしするものであっても、誰かと一緒に手分けしてやっていれば、黙々と一人でこなすより気分的に楽だ。

 追加の書類が来る可能性が高くとも、さっきまでアルフレットさんやキースさんいた時は、雑談していたのもあってつまらないだけじゃなかったからな。


「はい。別邸にいた頃は、セバスチャン達と共にという事はありましたけど、タクミさんとご一緒する事はありませんでしたから」

「ははは、まぁ今は必要に迫られてに近いけどね」


 別邸でクレアが、全く同じでなくても書類仕事をしていたのは、あまりよく知らない。

 薬草を作ったり、ティルラちゃんと鍛錬したり、レオと遊んでいる事が多かったからな。

 手伝えるならともかく、俺にはわからない事、手伝えない事ばかりだろうから仕方ないとはいえ、ちょっと申し訳ない。


 クレアが望むなら近くで見ている事くらいはできたのになぁ、と今考えても意味はあまりないな。

 俺が見ていても、邪魔になるだけだろうし。


「そうですね。でもこうして手伝う事ができて、私は嬉しいです」

「それじゃあ、今度は俺がクレアを手伝わないとね。助けてもらうばかりじゃ悪いし、一緒だと楽しいから」

「はい、お願いします!」


 俺の言葉に、嬉しそうに頷くクレア。

 その表情を見て、邪魔になるかもしれなくとも、もっとクレアの事を知っていれば良かったなと、少しだけ後悔。

 別邸にいた時も、気を付けていればもっとクレアに喜んでもらえたのかもしれないな。

 いや、後悔するくらいならこれからクレアのために頑張ればいいだけだな。


 心の中で決心を新たにしながら、和やかな雰囲気でクレアと談笑を交えつつ、書類の確認を進めて行った。

 一人で集中しているのと、どちらが効率がいいかはわからないけど……黙々とやっているよりは、かなり気が楽だったのは間違いない。



「クレア、ここは……?」

「それは……」

「ありがとう……よし、これで終わり!」

「お疲れ様です、タクミさん」

「クレアが手伝ってくれたからだよ。わからない事も教えてくれたし、本当に助かった。予想よりかなり早く終わったと思う」


 窓から見える外の景色が薄暗くなって来た頃、わからない部分をクレアに教えてもらいながら、ようやく全ての書類の確認を終えた。

 労ってくれるクレアに、お礼を伝えて笑いかける……意地を張って一人でやっていたら、まだ終わっていなかっただろうから。

 アルフレットさん達が退室してからは、わからない所はライラさんに教えてもらっていたけど、確認だけじゃなく判断が必要な部分はクレアがいてくれて良かったと思う。

 どちらがいいとかじゃなく、単純にクレアが決裁に慣れているというだけの事だな。


「まぁ、わからない事の方が多いから、手伝えるかは微妙だけど」

「わからなければ、また私が教えますよ。タクミさんと一緒の方が、私としても捗りそうですし」

「ははは、そうならいいんだけど。って、確かに俺も捗ったから、同じなのかもね」

「はい」


 俺に教える手間が追加されてしまうけど、クレアにとっては一緒にという方が重要なようだ。

 手伝ってもらって、俺も同じような事を感じたし、話したりはしているのに深く集中できたから、そちらの方が捗るのかもしれない。

 速度に関しては、計っていないので知らないという事にしよう。


「あと、タクミさん用の印章も作っておきたいですね」

「あぁ確かに。クレアは使っていたけど、便利そうだった」


 思い出したように言うクレアに同意する。

 印章は、早い話が印鑑のような物で、紋章や省略した名前の一部などを掘った物に、インクを付けて署名代わりにする物だな。

 俺なんかは、印章と言えば垂らした金属や蝋に押し付けて、封緘(ふうかん)とか封蝋(ふうろう)として使うイメージだけど、こちらでは署名代わりに使う物もあるようだ。

 幾つか用意して、用途によって使い分けをするみたいだな。


 書類の確認の中で、俺かクレアの承認が必要なものがあり、クレアは印章で、俺は署名していたんだけど……印章だと偽造防止にも繋がるから。

 今は不正をするような人はいないと信じているけど、先の事はわからないし、便利だからな。

 筆跡は偽造されやすいし――。



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