第1460話 エルケリッヒさんがティルラちゃんに付く事になりました



 雑談でもするかのように話すエルケリッヒさんとエッケンハルトさんに、ティルラちゃんはよくわからずハテナマークを頭に浮かべるばかりだ。

 なんとなく、どういう事か察しているのは俺とクレアくらいか。

 客間で話していたのもあったからな、ティルラちゃん次第と言っていたし、最初からそのつもりだったのかもしれない。

 あ、あとセバスチャンさんも察している様子だ、エルケリッヒさん達との付き合いが長いからだろうか? ニックやアロシャイスさん、黙って話を聞くだけだったテオ君はティルラちゃんと同じように、首を傾げている。


「大旦那様がいて下されば心強いですな。それに、私もお世話のし甲斐があります。ですが、ラクトスの代表は旦那様にこそ来て欲しいと考えそうですが」

「今更、セバスチャンに世話をされるというのも、妙な感じがするが……ハルトよりも、ワシの方が良いと代表に思わせてやるわ。それに、ワシだってティルラに付くという事は、レオ様とはなれてしまうわけだからな。うぅむ、なんとかならないものか……」

「なんともならないでしょう」

「……爺様達は、何を話しているのでしょう?」

「つまり父上は、ティルラと共に別邸に滞在するという事だ。スラムに対するという意味では、これ以上の適任はいないだろうな。私よりも詳しいくらいだ」

「爺様がですか!?」


 何故か雰囲気を出して、ニヤリと笑い合いながら話すエルケリッヒさんとセバスチャンさんに、キョトンとしていたティルラちゃん。

 エッケンハルトさんに言われて、ようやく理解して驚いた……まぁ、はっきりとは口にしていなかったからな。

 先代当主として、奥さんと一緒に辣腕を振るいスラムに対処してきたエルケリッヒさんだから、頼りになるなんてもんじゃない。

 表向きというか基本はティルラちゃんが前面に出るんだろうけど、それでもエルケリッヒさんがいてくれるだけで、問題らしい問題はほとんど解決したようなもの。


 いい相談相手になってもくれるだろうし、孫娘可愛いが強いエルケリッヒさんなら万が一にでもティルラちゃんを危険な目に合わせる事はないはずだ。

 ただなんというか、不敵に笑うエルケリッヒさんとセバスチャンさんの二人を見ていると、エッケンハルトさんよりも混ぜるな危険のような気がしたりしなかったり。

 クレアが横でコッソリ溜め息を吐いているのも、余計に不安な気持ちを増幅させた――。



「うむうむ、ティルラはワシに任せてどーんと構えていればいいのだぞ?」

「爺様、これは私がやるべき事なんです! だから爺様にばかり任せられません!」

「ほほぉ、ティルラも大きく成長しようとしているのだな。お爺ちゃん嬉しいぞー! そうだな、任せてもらえば全て丸く収めるからな」

「……全然聞いてくれません」


 などなど、ティルラちゃんと協力する事が強引に? 決まったエルケリッヒさん。

 ティルラちゃんの話を聞かない様子だけど、多分大丈夫だろう……うん、きっと。

 意見発表会も終わりだろう、エルミーネさんがティルラちゃんから紙束を受け取って、大広間を出て行った……多分、別の場所で保管するんだろうな。


「おっとそうだ、ニックと言ったな。ティルラの事もそうだが、ワシの事もよろしく頼む。何、スラムとの渡りを付けるくらいであとは、任せておけ。スラムが一つ消えるだけだ」

「へ、へい!? って、なんだか任せちゃいけない何かを感じたんですけど……アニキ!?」

「まぁ、多分大丈夫だ。悪い事にはならないと思うし、ラクトスで会う事もあるだろうからあまり失礼のないようにな」


 何がなんだかわからない、といった様子のニックに当たり障りのない言葉を告げる。

 スラムが一つ消えるなんて、物騒な物言いだけど……結局は治安が悪く貧しい人達が集まる場所を、治安を良くしてちゃんとした街の一部として、住民になってもらって真っ当な生活をしてもらおう、というだけだからな。

 上手くいけば、ラクトスからスラムがなくなるというのは、間違いじゃないし。


「か、畏まりました! アニキの顔を潰さないよう、気を付けます!」

「俺の顔とかはどうでもいいんだけど……まぁいいか」


 意気込むニックにちょっとだけ苦笑。

 実際には俺よりも、働かせてもらっているカレスさんの方を気にして欲しいが、所属としては俺の部下ともなるわけで、大きく間違っていないため訂正するのは諦めた。

 俺の顔……多分、面子とかそういったものだろうけど、個人的にはどうでもいい事ではあるんだけどな。

 ともあれこの様子なら、多分大丈夫だろうと安心しておく事にした……ニックは、初めて会った時とは別人かと思う程、真面目に働いてくれているし、カレスさんからも評価されているからな――。



「はぁ……」


 大広間での後、俺は執務室で溜め息を吐く。

 エルケリッヒさん達は、ティルラちゃんを交えてセバスチャンさんや、アロシャイスさん、さらにニックと話し込んでいたからそのままだ。

 ヴァレットさんが、お茶の準備や座れる椅子などを用意していたから、そのままで大丈夫だろう。

 ニックからは助けて欲しそうな視線が俺に向けられていたけど、苦笑して手を振るだけにしておいた。


 決して見捨てたわけではない。

 何せ俺の方も……。


「旦那様、こちらが追加の書類となります。承認をして頂く物以外にもありますが、最低限全て目を通しておいて下さい」

「……はい」


 執務室の机にうずたかく積み上げられた書類の束、さらに追加を持ってきたキースさんが、重そうな音と共にさらに高い山を築いているんだから。

 できる事なら、別の人に任せたいけど……俺が確認や承認する必要のある書類が多く、さらに見ておかなきゃいけない物もあり、誰にも任せる事ができない。

 今なら俺の方が、ニックに助けを求めたい気分だ、助けてもらえないけど。

 書類と睨めっこをしているよりは、お偉いさんだとしてもエルケリッヒさん達と話していた方が、まだ気が楽だからなぁ。


 ちなみに、エッケンハルトさんはフィリップさん達の所へ様子を見に行っているので、あちらも大変そうだったりする。

 執務室の窓の外から、時折悲鳴みたいな声が聞こえる気がするのは、きっと気のせいだと思いたい。

 クレアは俺と同じく、今頃クレア用の執務室で書類の束と睨めっこしているだろう……共同運営だから、お互いで確認しなければいけない事が多いから。

 それぞれに、別の人を雇っているというのもあるだろうけど。


 もし俺の代わりに書類を任せられる人がいるのなら、共同運営者のクレアなんだけど……あちらも忙しそうだから頼めない。

 そもそも、最初から好きな女性に頼ってしまうような情けない事は、男としてしたくないというわりと無意味かもしれない意地でもある――。



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