第1389話 何かを忘れている人が二人もいました



「ささ、どうぞ公爵様……」

「うむ、すまんな。村長も……」


 エッケンハルトさんの隣では、お酌をするハンネスさん。

 接待、という言葉が浮かんだけどハンネスさん自身も楽しそうだから、気にしないでいいか。

 エッケンハルトさんからの酌返しを受けているし。


「お父様、あまり飲み過ぎないように」


 ゴクゴクと注がれたワインを飲むエッケンハルトさんに、クレアさんが注意する。

 セバスチャンさんが、少し離れた場所で目を光らせているから大丈夫だとは思うけど、クレアとしては言わずにいられなかったんだろう。


「なんだ、クレアは飲まないのか?」

「私は……しばらくお酒は遠慮しておきます……タクミさんに迷惑をかけてしまいそうですし」

「ははは、まぁ飲みたいなら俺の事は気にせず飲んでいいと思うけど……」


 クレアは酔うと絡み酒になってしまうからなぁ。

 これまでにもそれで失敗というか、酔いがさめた後に謝られた事が何度かあるし。

 けどそのおかげで、今こうしてクレアと気負わず丁寧な言葉遣いをせず、話せているのもあるから俺としてはあまり気にしなくてもいいかなと思っている。

 酔っている時のクレア、多少厄介だなと思ってもちょっとふにゃっとした柔らかい雰囲気で、可愛いからな。


「……まぁ、確かにクレアは少し控えた方がいいかしれんな」


 俺はともかく、エッケンハルトさんは酔ったクレアさんに絡まれてしまった事を思い出したみたいで、視線を逸らした。

 説教らしき事を懇々とされた事があるらしいし、娘にそうされているのは本人としてもバツが悪いのもあるんだろう。

 そんなエッケンハルトさんが、ハンバーグを豪快に食べてから訝し気に眉根を寄せた。

 何か、変な味がしたのかな?


「どうかしたんですか、エッケンハルトさん? 美味しくなかったとか……」

「いや、このハンバーグは相変わらず美味いのだが……」


 ハンバーグが美味しくなかったわけじゃないみたいだ。

 俺達も手伝ったっていうのもあるけど、ヘレーナさんが頑張って合うソースを作ってくれているから良かったけど……ならどうして顔をしかめているんだろうか?


「お父様、食べる時はかぶりつくのではなく、ちゃんと食べるだけ切ってからにして下さい」

「う、うむ」


 結局お酒を飲む飲まないにかかわらず、クレアに注意されたエッケンハルトさん。

 まぁ、ナイフとフォークがちゃんと用意されているからなぁ。

 フォークで突き刺して拳大のハンバーグに、直接齧りつくのは行儀が悪いか……作った側としては豪快で、見ていて気持ち良さも少しだけ感じるけど。


「うーむ……何か忘れているような気がしてな。なんだったか……」

「忘れている?」


 クレアに注意されたからか、フォークとナイフを持ってハンバーグをつつきながら、けど食べずに考えているエッケンハルトさん。

 けど逆にそれは行儀が悪い気がします。

 上流階級のマナーとか、よく知らない俺が言えた事じゃないかもしれないけど。


「大事な事だった気もするし、面白い事だったような。確か、タクミ殿やクレア達を驚かせようと、そんな事を考えていたような気もする」

「お父様が私達を驚かせる……あまりいい事のような気がしません」

「まぁ、確かにクレアの言う通りだと思う」


 考えるエッケンハルトさんに対し、クレアの言葉に同意する。

 大事な事というのは気になるけど、面白い事とも言ってるからなぁ……驚かせる方向性として、これまでのエッケンハルトさんを考えると、俺達にとっていい事とは言い難い予感がする。

 いや、悪い事ってわけじゃないとは思うけど。

 自分が面白いからと、からかうとかならまだしも本気で嫌がらせをするような人じゃないし。


「あれ~、ハルトもそう思う? 僕もなんだか忘れている事があるような気がするんだよ」

「ユートさん」


 いつの間にか、村の人と盛り上がっていたはずのユートさんが、座っている俺達の後ろにいた……いつの間に。

 その両手にはそれぞれ、なみなみとワインが注がれた大きめの樽ジョッキに、ハンバーグとシュニツェが積み重なるお皿を持っていたけど、そこは気にしないでおこう。

 ユートさんが大酒飲みの大食らいだっていうのは、わかっている事だから。

 ただ、ちゃんとスープやサラダといった野菜類の料理もあるので、それらも食べた方がいいとは思うけど。


「うぅむ、閣下もですか……なんだったか……」

「ユート様とお父様がですか。なんだか悪い予感しかしません」

「ははは、確かに」


 お酒が回ってきたのか、赤くなった顔で考え込むエッケンハルトさん。

 ユートさんとエッケンハルトさんと言う組み合わせに、クレアも大体わかってきたのか溜め息交じりだ。

 二人合わさると、相乗効果で変な事が起こってもおかしくない。

 特にユートさん悪乗りするタイプでもあるから。


「あー、タクミ君もクレアちゃんもひどいなぁ……」

「ちょ、ユートさん絡んでこないで……!」


 酔っているのか、俺の肩に手を回して体重をかけて来るユートさん。

 ギフトがあるから酔わないはずなのに……いや、雰囲気に酔っているとかそんな感じなのかな?

 前回ランジ村でやった宴会も、エッケンハルトさん達と同じように酔っている風だったし。

 とにかく、大量に飲んでいるせいでお酒臭い息を吐きかけて来るユートさんを引き剥がした。


「ぶぅ、タクミ君は酷いなぁ……あ、思い出した。タクミ君、例の事って言うだけじゃわからないか。僕の事に関してとか、ギフトあれこれに関してだけど。タクミ君がこの人なら大丈夫って思った人には、教えて構わないよ」

「え?」


 俺に剥がされて不満げに口を尖らせたユートさんは、忘れていた事を思い出したのかそんな事を言った。

 ユートさんの事やギフトあれこれって……多分、異世界からとかそういう話だと思う。

 つまり、本来俺みたいに異世界から来てギフトを持っている人以外、エッケンハルトさんのような一定以上の身分の人以外には知らされていない事を、話す許可ってわけだ。


「どうせ、新しくあの子には伝えたみたいだし、それは別にいいんだけど……人の口には戸が立てられないってね。だから、秘密は絶対口外しないようにと求めるより、むしろ緩い方がいいんだよ。これ、経験談ね」

「な、成る程……」


 あの子というのはティルラちゃんの事だろう。

 絶対に秘密で誰にも話すな! というよりは、信頼できる相手にならと考えた方が気が楽で、無理がなくなるから秘密を秘密として不特定多数に広まらない、とかそういう事だろうか?



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