第1382話 望みは今すぐ叶えられないようでした



「ほっほっほ、普段のタクミ様からは想像できない喜びのようですな。私は食べた事はありませんが、タクミ様がそうまで喜ぶのでしたら、それほどの物なのでしょう」


 不思議そうに米俵を見るクレアと、俺の様子を見て笑うセバスチャンさん。

 食べ物としてとんでもなく美味しい、という程の物でもないし、食べた事があってもなくても今の俺みたいに大きく喜んだりするのは、日本人くらいなのかもしれない。

 日本人でも、あまりお米が好きじゃないという人もいるだろうし、絶対ではないだろうけど。


「これは……この米俵の中に入っているお米は、俺がいた世界……というか住んでいた場所での主食なんだ。当然他の物も食べるけど、でも生まれてからこれまでずっと食べ続けてきた物でもあるんだ。まぁ、毎日必ずかどうかは人によるだろうけど」


 単純なイメージもあるけど、パンよりご飯の方が力になる気がするくらいだ。

 コンビニおにぎりとか、スーパーで期限切れ間近の値引きおにぎりにはよくお世話になったなぁ。

 後者は、学生時代に伯父さん達のお世話になり過ぎないよう、仕送りにできるだけ手を付けないようバイトで稼いで節約していた時の事だけど。

 値引きされたおにぎり一つ五十円以下って、自炊をあまりやらない学生にはとてつもなく強い味方だ……おっと、話しが逸れてしまった。


「だからとにかく、俺にとっては懐かしくて求めていた味なんだ」

「そうなのですね。これが……」


 どこまで理解してもらえたかわからないけど、俺の言葉を聞いて頷いたクレアが、積まれた米俵を見る。

 こちらの世界に来て数カ月……どこかにあるような気はしていたから、いずれ探す手段を考えるなり、自分で探すなりしないとと考えていた。

 けど、こんな風にいきなり目の前に積まれると、周囲にいる人達も含めて反応に困るな。

 いや、さっき大袈裟に喜んだばかりだけど。


 醤油の時も、思わず拳を握ってガッツポーズを取ってしまったが、これはそれ以上だ。

 もしもっと……それこそ数年も食べられなかったら、むせび泣いていたかもしれない。

 あ、そんな事を考えていたらちょっと目頭が熱く……。


「あー、タクミ君。想像以上に喜んでいるようだし、それはプレゼントした僕としても嬉しい。気持ちもわかるし、昔は僕も似たような……それ以上の反応をしたんだけど」

「え?」


 ウルウルしてしまい、少しだけ歪んだ俺の視界でユートさんが視線を逸らしながら、気まずそうに言っている。

 そちらを見て、声を漏らすと……。


「食べたい気持ちはわかるんだ。お昼を食べた後で、満腹だったとしても一口くらいは食べたいと思うものかもしれない。けど……さすがに今すぐは食べられないかなぁ?」

「うぇ……ちょ、えぇぇぇ!? こうしてここにあるのに、なんで!?」

「タ、タクミさん!?」


 ユートさんの言葉に、驚きと落胆で大きな反応をしてしまう俺。

 再び、クレア達を驚かせてしまったようだけど、それどころじゃない。

 目の前に米俵があって、間違いなくお米があるのにすぐ食べられないってどういう事だ?

 確かに昼食後だから今は満腹だけど、無理をすれば食べられなくはないし……あ、一口くらいのためにお米を炊くのはもったいないとか、そう言う事かな?


「い、今が駄目なら夕食の時にでも……?」

「うーん、それも難しいかな? 夕食は村の人達と食べる予定でしょ? それに、料理をする人達もその準備を……しているんだよね?」

「はい。皆様の後に昼食を済ませて村の広場へ向かいました。そのため、この大広間には集まっておりません」


 一縷の望みを……と窺ってみると、それでも渋い表情で首を傾けるユートさん。

 セバスチャンさんの方に問いかけると、頷いて肯定。

 そういえば、お米の衝撃で忘れていたけど夕食は村全体での宴会を予定しているんだった。

 当然、準備も必要だ。


「だ、だったら、俺が自分で……」


 お米なら、自炊はあまりしてこなかったとはいえ、焚き方くらいわかる。

 炊飯器どころか飯盒もないだろうから、鍋で作る事になるだろうけど……はじめちょろちょろなかぱっぱ――だ。

 やった事はないけどなんとかできるはず。

 なんて、お米を前にして冷静になれないのか、根拠のない自信すら沸いている。


「いや、そうじゃなくてね。もし夕食が広場とかじゃなくても難しいかなって。だってそのお米、まだ籾の状態だから」

「籾……? 籾って、籾?」

「なんか変な反応をするようになっているけど、籾だね。保存するために仕方ないよ」


 籾……つまり、稲の果実。

 収穫してから特に手を加えていない状態という事。

 さすがに詳しくない俺でも、その状態で炊いて食べられるとは思わない。


「お米は長期保存できるし、白米でもある程度大丈夫なんだけど……絶対じゃないからね。玄米でも多少は保存できるけど、やっぱり籾の状態のままの方が一番長く保存できるし、出荷するのにも向いているから」

「た、確かに……」


 特に、物の輸送に時間がかかるこの世界ではそうだろう。

 日本でなら精米済みの物が売られているけど、米俵で輸送と保存をするのには向かない……と思う、多分。


「一応、ちゃんと籾摺りができる物と、精米用の臼を入手して持ってきてはいるんだけどね。でも、さすがに時間がかかるなぁって」

「……籾摺りと精米」


 やった事はないし、臼と言うからには人力っぽい。

 籾摺りと精米の二工程あるわけで……一時間や二時間で終える作業とは思えない。

 時間短縮と最適化された籾摺り機や精米機じゃないんだから。


「そ、それじゃ……食べられるのは……?」

「早くても明日か、明後日くらいかな」

「な、なんて事だ」


 思わず崩れ落ちそうになるのを堪える。

 日本と違って、お米があって食べたいのにすぐ食べられないなんて……。

 だったらと、以前何かの番組で見た瓶に玄米を入れてすりこぎ棒で……なんて事も考えたけど、あれは臼よりももっと時間がかかりそうだ。


「目の前にあるのに、生殺しだよユートさん……」

「いやぁ、タクミ君の反応が見たくてちょっと速めにお披露目しちゃったよね。実は別の物の方が、本来のプレゼントだったんだけど」

「え?」


 そう言って、セバスチャンさん達が持って来ていた木箱。

 その中身を俺に見せる。

 木箱の中には瓶が並んでおり、その中には黒っぽい液体が入っていた――。



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