第1352話 寝ていた二人が起きてしまいました



「それを、突き進むから遭遇してしまう、と」

「その通りです。はぁ……フェンリルに囲まれて、敵意を向けられた時は、辞世の句を書き残そうとしたくらいです」


 その状況で、書き残そうとできるルグレッタさんは、それはそれで結構慣れているんじゃないかと思うけど。

 フェンリルなら、俺も一度ブレイユ村で敵意を向けられた事はある……あれは、レオの匂いがして少し戸惑ってもいたみたいだけど。

 あの時の迫力、圧のようなものは忘れられないなぁ……リーザが石を投げられて、レオが怒った時も相当だったけど。


「それは確かに生きた心地はしませんね。でも、それで報酬を得て旅をしているんですか?」

「はい。危険な魔物であるほど、高値で引き取ってもらえる場合も多いのです。公爵領ではありませんが、場所によっては難癖をつけて買い叩こうとする所もありますけど……まったく、街を守るはずの衛兵が、魔物を狩ってきた者を侮って安く済ませようなどと、差額で私服を肥やす気が透けて見えます」

「あー、まぁそういう人もいますよね、うん」


 目を鋭くしたルグレッタさんに、とりあえず同意しておいた……怖いから。

 ともあれ、そういった事で小銭を稼ごうとする人っていうのはいるみたいだな、どこにでも隠れてちょっとした悪事を働こうとする人がいるものだ。

 公爵領じゃないと聞いてちょっとホッとしているけど。


「まぁ、そういった手合いには閣下が身分を明かして、厳正に取り締まるよう促しますが……」

「そ、そうなんですね。えっと……他にも、旅の途中でユートさんはどんな事をするんですか? ラクトス近くの森では、盗賊まがいのウルフを従わせていた人達に向かって行っていたみたいですけど」


 この話しをこのままするのは、俺の精神が保たないと別の話を持ちかける……これがユートさんの言っていたルグレッタさんの資質かぁ。

 気の小さい人は思わず馬車から逃げ出すんじゃないだろうか? というような、冷たさを感じる……馬車内の温度も心なしか下がったような気がするし。

 とはいえ、別の話といっても結局ユートさんの話題には変わらないが。


 ルグレッタさんとの共通の話題って、今のところユートさんくらいだからなぁ。

 あ、剣の話でもしておいた方が良かったかな?


「これと言って他の事は……その地で根差した食べ物などを探すくらいですかね。あとは、魔物を狩る際に余計なちょっかいをかける事はありますが、遊びの範疇と言えるのかどうか。ですので、閣下はお酒や食事以外ではこれといった遊びはしないのです。ある程度の地位にいる者、ある程度の財産を築いた者にありがちな、女遊びなどの趣味の悪い遊びはまったくと言っていい程……」

「それは、いい事じゃないですか?」


 お金も地位もあるユートさんだから、やり過ぎなければ許される事でもあるかもしれないけど。

 ただ、そうしたいかどうかは人それぞれだろう。

 お金、地位、名誉など、喉から手が出る程欲しがる人の多い全てを持っていれば必ず遊びに興じなければいけないわけでもない。


 むしろ、身持ちを崩さずある程度ちゃんとしているだけで、好感が持てる称賛に価すると思う。

 それなのになぜ、ルグレッタさんは不満そうに言っているのか……。


「いい事……いい事なのですけれど、でも私からすれば悪い事もあるのです! それだと、私が閣下の事を詳しく知れないのです!」

「な、何!?」

「っ!?」


 急にヒートアップしたルグレッタさんの大きな声に、体を跳ねせて起きるクレアとライラさん……。

 二人共、驚いてキョロキョロと顔を左右に行ったり来たりさせている、クレアもライラさんも、こんな姿を見せるのは珍しいな。

 それだけ、眠気に負けて油断していたって事なんだろうけど……肩に寄りかかっていたクレアの頭の重みが消えて、少し寂しいとは口に出さないでおく。

 

 というかルグレッタさん、昨日からちょっと情緒不安定気味な気がするけど、それだけ切羽詰まっているのだろうか?

 ……鈍い男のうちの一人として見ていた俺が、クレアと仲良さそうにしているからだったり、しないかな? しないで欲しいなぁ、ちょっと罪悪感が沸いちゃうから。


「失礼しました。お二人を起こしてしまいました」

「あ、ルグレッタさんの声……何かが起こったわけではないのですね」

「……申し訳ありません、タクミ様の前で寝てしまっておりました」


 クレア達を起こしてしまった事に気付き、すぐクールダウンしたルグレッタさんが、二人に頭を下げて謝る。

 特に何か起きたわけではないわかったクレアは、安心した様子……寝起きでも口調がはっきりしているのは、驚いて起きたからだろうな。

 ライラさんは俺の前で寝てしまっていた事を気にした様子で、こちらに謝ってきた、気にしなくてもいいのに。


「ははは、構いませんよ。昨夜は二人共……俺やルグレッタさんもですけど、大変でしたから。気にせず眠いなら寝てもいいんですよ?」

「いえ、眠気に負けないよう努めます」


 真面目なのか気を張っているのか、気にしないと言っている俺にもう一度頭を下げて、閉じないように目を見張るライラさん。

 頑張り過ぎなところがあるみたいだから、むしろちょっと心配だな……俺が手間をかけなければ、それだけライラさんの仕事が減るから、休めるかな?

 いや、それはそれで気にしそうだし、お世話したい人だから逆効果か。

 いずれ、ライラさんが無理し過ぎないような体制を考えよう……俺一人じゃ無理だから、誰かと相談した方がいいか。


「えーっと……なんの話をしていたんですか?」

「ユートさんの……」

「い、いえ、男性の好みについて、タクミ様が聞き出して下さったとの事なので、知人への参考に聞かせてもらおうかと、ちょうど話していたところです」

「……まぁ、そういう事で」


 首を傾げるクレアに、話していた内容を説明しようとすると、ルグレッタさんに遮られた。

 多分、ユートさんの話だって知られるのが恥ずかしいんだろう……俺とはここまで話していたのに、急に冷静になったのかもしれない。

 ともあれ、男子会で収集したユートさん情報、もとい男性の意見とやらは話さないといけないと思っていたので、ちょうどいいとルグレッタさんに乗る事にした――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る