第1298話 危険な魔法が放たれる予感がしました



「レオが警戒している様子じゃないので、多分大丈夫だとは思いますけど……一応レオの所に行ってきます」


 叫び声の主が何を目的としているのかわからないが、レオやフェンリル達がいるこちらに近付いているという事は何かがあるのだろう。

 レオを見ると、特に警戒していないから大丈夫とは思えても念のために行動しておく事にする。

 聞き覚えのある声で、しかも男女の声だったから本当に万が一にも満たない可能性を考えての行動だな。


「畏まりました。クレアお嬢様は念のため、私と一緒にフィリップさん達の所へ参りましょう」

「えぇ……レオ様だけでなく、これだけのフェンリルがいるのだから、滅多な事はないと思うけど……邪魔にならないようにしないとね」

「私は、子供達の方へ」

「よろしくお願いします」


 クレアとセバスチャンさんは、フィリップさん達の方に行って離れる。

 アルフレットさんは、フェンリルと戯れていた子供達やリーザなどの保護だな……ティルラちゃんはラーレと一緒で近付く声の逆方向、街道に近い場所にいるから大丈夫そうだ。

 何かあれば、ラーレが全力で守ってくれるはずだから。

 レオやフェンリル達は、声のする方を見ているだけで特に動かないが、俺達を始めとした人間がそれぞれで動き始め、にわかに警戒する雰囲気が辺りに漂う。


 こういう時、使用人さん達も迅速に行動してくれるからありがたい……レオのいる所へ向かう俺の後ろには、ライラさんが付いてくれている。

 まぁ、さすがに荒事は護衛さん達に任せるんだろうけど。


「……フェンリルが大量に!? くっそ、それならこんなに近付かなかったのに!! って、言ってても仕方ない! ファイアエレメンタル・エクスプローシブフレイムズ・スプレッド・ザ・フレイムズ・ストロングリィ・ストロングリィ……」

「お止め下さい! 辺り一帯を焼け野原にするおつもりですか!?」


 絶対に聞いた事があるはずの叫び声が、再び聞こえた。

 誰の声かは、まだはっきりとわからないけど絶対に知り合いだと思える声、ある程度話した事はあってもその機会は多くなかった人だろう。

 なんて悠長に考えている暇はなく、何やら朗々とした英語が聞こえる……ってこれ、もしかして呪文の詠唱か!?

 最初にファイアエレメンタルって言ってたのが聞こえたから、間違いなさそうだ……さらに後から聞こえた、女性の声は制止しようとしているけど。


 フェンリルの数に驚いているようではあったけど、攻撃を仕掛ける意思があるようだ。

 以前、ブレイユ村へ行く時にフィリップさんが焚き火をする際に使った魔法に、ストロングという内容があった。

 あれは確か、魔法の威力を強めるための言葉でもあるはず……それが何度も使われているという事は、それだけ強力な魔法を使おうとしているという事か?

 デウルゴのように、英単語を並べただけで文法も滅茶苦茶な呪文ではなく、ちゃんとした英文のような呪文……つまり呪文の長さに比例した強力な魔法が形成されるって事になるはず。


「レオ!」


 朗々と響く呪文を聞いて、足を速めて急いでレオに呼びかける。


「ワフ……」


 すぐ隣まで来た俺にチラリと視線を寄越したレオは、やれやれと言うように首を左右に振りながら、溜め息を吐いた。

 声は聞こえるのに、レオ達の見ている方を俺が見ても人の姿が見えない。

 森までは開けていて見通しがいいはずなのに、声の主が見えないってのはどういう事だろう? なんて、疑問に思っている場合じゃないな。

 見えなくても誰かが近付いて来ていて、魔法をぶっ放そうとしているのは間違いないんだから。


「なんか、ヤバそうな魔法が使われる予感がするけど……大丈夫か? いや、その様子なら大丈夫なんだろうけど……」


 まだ続いている呪文……全てがはっきりと聞こえているわけじゃないけど、呪文の内容を訳すととにかく強い爆炎を広く広く、そしてとんでもなく強く撒き散らす……という効果っぽい。


「ワウ」


 落ち着いた様子で、頷くレオ。

 何か考えがある……というよりも、全然脅威には感じないといった様子かな。


「でも、予想できる魔法だと結構広いから……もしかしたら子供達にも被害が出るかもしれないんだが」

「ワフ、ワフワフ」


 余裕を崩さないレオに、不安を隠せない俺。

 だがレオは、そんな俺に落ち着けとでも言うように鳴いて、フェンリル達の方を向いた。

 そして――。


 ワオォォォォンン――!!


 レオの遠吠え。

 近くで聞いていたから、耳がキンキンするが……レオの遠吠えを聞いたフェンリル達が、一斉に動いた!

 子供達だけでなく、馬や馬車、人間を庇うように近付く声の方へと集まる。


「な、なんだ……っ!」


 フェンリル達が、一斉に魔法を発動したんだろう……強烈な、いや濃密な魔力の気配を感じた次の瞬間、巨大な氷の壁がフェンリル達の前に出現していた。


「こ、これは……フェンリル達が?」

「驚きました、一瞬でこれだけの氷の壁を出現させられるなんて……」


 呆気にとられる俺、後から追い付いてきたライラさんも同じく呆気に取られて呟く。


「ワーウ、ワッフワフ」

「え? あれで念のためだけの魔法なのか……? 一応の防御って事か……」


 レオが言うのは、フェンリル達が出現させた氷の壁は念のためというだけの物。

 高さだけでも十メートル以上……ラクトスの外壁よりも高く、森から街道近くまでを繋ぐように長く伸びている……さすがに厚さまではわからないが、多分かなり分厚いと思う。

 向こう側が一切見えなくなったし。

 一応とか念のためらしいけど、あの氷の壁だけで十分と思うんだが……。


「ワッフ、ワウ~」

「後は任せろって? まぁ、レオがそう言うなら……」


 暢気な鳴き声で任せろと請け負うレオ……頼りになる相棒のレオがそう言うのだから、本当に任せても大丈夫なんだろう。

 何せ、最強のシルバーフェンリルなんだから。


「ワフ。……ガウー!!」

「うぉ!?」

「きゃ!?」


 頷くと、嬉しそうにこちらを見てしっかりと頷き、吠えながらレオが飛んだ!

 巻き起こる風に、俺もライラさんも思わず声が出るが……その風が止んだ頃には、既にレオは氷の壁の向こう側に降り立っていた。

 シルバーフェンリルが、風のような速さ……という意味を今はっきりと目にした感じだ。

 いや、これまでも目にもとまらぬ速度で、という事はあったんだけどな――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る