第1297話 魔物が恐れる何かがあるようでした



「セバスチャンさん、アルフレットさん。フェンリル達が狩った魔物の事なんですけど……」

「ちょっと気になる事を言っていたようなの」


 先頭馬車に近付き、降りて来るセバスチャンさんとアルフレットさんの二人に話し掛ける。

 エルミーネさんとライラさんも一緒だ。


「気になる事ですかな?」

「えっと……」


 リーザやシェリーがフェンリル達から聞いた事を、セバスチャンさん達に伝える。

 フェンリル達と一緒にいた使用人さん達は、魔物と遭遇、即フェンリルが倒して運び始める……という動作を眺めるだけで特に異変には気付かなかったらしいけど。


「魔物がですか……確かに気になりますな」

「魔物の棲む森とはいえ、ラクトスの街に近い場所で通るだけであれ程の魔物をと考えると、不自然さを感じますね」


 話を聞いたセバスチャンさんとアルフレットさん、すぐに深刻な表情になり考え込む。

 使用人さん達に聞いた話によると、フェンリル達は指示通り森の浅い場所……街に近い場所を通っていたのは間違いないとの事だ。

 特に奥へ向かったり、わざわざ魔物を探したりもしてないらしい。

 それであの数の魔物と遭遇というのは、本来ない事だ。


「フェンリル達によると、魔物達が意思を持って集まっていたというよりは、何かから逃げていた……という感じらしいんです」

「オークやゴブリンが逃げる、というのは中々ない事ではありますが……」


 魔物の種類は話してあるけど、俺も唸るように言うアルフレットさんと同意見だ。

 ゴブリンはともかくとして、オークはレオにすら向かって来る魔物だからな……まぁ、集団で襲い掛かって返り討ちに合って、残ったオークがようやく力の差を理解して逃げようとする……というのはあり得る事だけど。

 森の探索に行って最初に襲い掛かってきたオーク三体、そのうち最後の一体がレオに恐れて逃げようとする素振りは見せていたからな。

 ……まぁ、オークを食べ物として認識しているレオからは、逃げようとしてどうにかなるわけなかったが。


「何かからという事は、森の奥に何かがある……という事なのでしょうな。うぅむ……」

「フェンリル達からは特に、何か危険な存在が潜んでいる、というような気配は感じないと」


 奥に行けばもっと魔物はいただろうけど、特に危険な……それこそ、オークやゴブリンが逃げる程の脅威とかの気配はなかったと聞いている。

 もし魔物を脅して恐怖させる事ができる何かがいるのなら、フェンリル達が何も感じないというのはおかしな話だ。


「オークやゴブリン……つまり魔物が逃げ出すという事は、魔物に対する脅威って考えられないかしら? 人には危害を加えないような存在とか……」

「そうであれば安心ではあります。ですが、その何者かに恐れをなした魔物が、街の近くまで来ているのは問題でしょう」

「……そうだったわね」


 棲家が森である以上、魔物も森から出ようとしないらしいのだけど、それでも時折出て来る事もあるらしい……屋敷の近くにもフェンリル達の散歩の時に発見した事もあるが、そういう理由だろう。

 そのため、定期的に衛兵さん達が魔物を狩っているし、街に近付かないよう警戒していたり追い払ったりもしている。

 それなのに近い場所に多くの魔物が、何かから逃げるためとはいえ街の近くまで来るのは警戒しなければならないって事だな。


「調べてみない事には何もわかりませんし、安心するわけにも行きませんか……しかし、どうしたものか」

「魔物が逃げ出す程の相手となると、ただ数人で調査をさせるわけにも行かないわよね」


 危険が伴うため、誰かを派遣して調べるにしても数人程度でどうにかなるか微妙なところだ。

 森にいる何かが人間を見て襲い掛かるかというのもそうだし、調べて原因を見つけて戻って来られるかという心配もある。

 この際、いいように使う感じで悪いけど、フェンリル達に調べてもらうのが一番危険が少ないかも……? 感覚強化の薬草を食べてもらえば、遠くからでも窺えるようになるし……。


「ん?」

「……何か、聞こえますね?」

「人の叫び声、でしょうか?」

「みたいですな……ですが、こちらでそのような声を出している者は、見る限りいません……」


 料理を報酬にフェンリル達に……とか考えていると、ふと遠くから人の声らしき物が聞こえた気がした。

 クレアやアルフレットさん、セバスチャンさんにも聞こえたようだ。

 あたりを見渡して、使用人さん達や護衛さん、従業員さん達をすばやく確認したセバスチャンさんの言う通り、俺達側で叫んでいるような人は誰もいない。

 それどころか、俺やクレア達と同じように、その声を聞いてキョロキョロしている人ばかりだ。


「レオやフェンリル達が、同じ方向を向いていますね。あっちからでしょうか……?」

「そうみたいですな……」


 レオもフェンリルも、人間より聴覚が鋭いためか声が聞こえる方向がはっきりわかるようで、同じ方向に顔を向けて耳をピンと伸ばしている。

 ラーレもそうだし、リーザやシェリーもか……コッカーとトリースは、そんな皆を不思議そうに見て首を嗅げているから、耳はあまり良くないのかもしれない。


「……フェンリル……!! 街を襲う……!!」

「お待ち……!! ユー……!!」


 叫び声の主がこちらに近付いたのか、はたまたさらに大きな声を出したのか、断片的に言葉が聞こえる。

 それはいいんだけど……。


「クレア、なんとなくなんだけど聞き覚えがある気がしないかい?」

「……タクミさんもですか。私もそうです」

「私もですな。はて、どこで聞いた声でしょうか……?」

「えっと……?」


 遠くから聞こえる声、どこの誰かまではわからないながらも、聞き覚えがある気がした。

 それはクレアやセバスチャンさんも同様だけど、アルフレットさんはわからない様子で首を傾げている。

 うーん……クレアやセバスチャンさんも聞き覚えがあるって事は、知り合いの可能性が高いけど……でも、アルフレットさんが知らない声って……?


 というか、フェンリルと言っていたからもしかして、フェンリル達を追いかけてきているのだろうか? だとしたら、森の中から? 確かにレオ達は森の方を見ている。

 いやいやまさか、人が森の中を走ってフェンリルを追いかけるなんて事……むしろ、恐れて逃げるとかの方がありそうなんだが――。



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