第1287話 ヨハンナさんは俺達に興味津々のようでした



「ふふふ。ヨハンナ、頼りにしているわ」

「はっ!」


 意気込むヨハンナさん……俺達の邪魔って。

 それって絶対、護衛として守るというよりも、二人の世界に入りがちな俺とクレアに誰かが割って入らないようにとか、そういう意味ですよね?

 告白をするまで、した後も多少? とにかく、これまで何かがあって雰囲気が良くなった瞬間に乱入者があったりもしたから、それはそれでありがたい事かもしれないけど……。


 屋敷で人目をはばかるのを忘却の彼方に飛ばし、人前でついついいちゃついてしまう癖みたいな事がある俺とクレア。

 屋敷の人達はセバスチャンさんからの謝罪の後から、基本的に見て見ぬふりをしてくれたりするようになったんだけど、ヨハンナさんに目撃された際には生暖かい目で微笑ましく見守るんだ。


 唯一ヨハンナさんだけ……ではないか、ニコラさんも同じだし。

 まぁニコラさんは、コリントさんとの事があって思う所があるのかもしれないが、それはともかく。


「俺もヨハンナさんは頼りにしていますけど……護衛の仕事はして下さいね?」

「もちろんです、お任せ下さい。ただその合間にレオ様やフェンリルを撫で、お二人の様子を見てクレアお嬢様の成長を見守るくらいは……仲睦まじいお二人を見るのが、最近では一番の楽しみですから」


 一応、ちゃんとした仕事をという意味で、護衛をしてと言ったら胸に手を当てて深く頷くヨハンナさん。

 だけどその後は、欲望のようなものが溢れていた。

 ヨハンナさん、いつもはキリッとしてお堅い印象の人なんだけど……風紀委員長タイプみたいな。

 でもその実、レオ達の毛を撫でるのが好きだったりと、失礼ながら意外と可愛い物好きだったりするのが最近わかってきた。


 表に出す雰囲気と実際の内面が違う人もいるから、割と少女趣味なのではないかと睨んでいる。

 だからこそ、妹のようにも見ているクレアと俺の最近の様子を見て、喜んでいるのかもしれない。


「もう、ヨハンナったら。ふふふ、仲睦まじいなんて……」

「いや、クレア? そりゃもちろん仲睦まじく見られているのは嬉しいけど、大事なのはそこじゃなくて……ヨハンナさんから観察、は言い方が悪いか。見られるって事なんだけど……」

「うふふふ……」


 駄目だ、聞いていない。

 クレアが注意するもんだと思ったら、仲睦まじいという言葉を喜んでいただけだった。

 傍から見て仲睦まじく見られているというのは、確かに俺も嬉しいけど……。


「……はぁ、乗る馬車を間違えたかもしれません。私も、夫に会いたくなってきましたね……」

「キャゥ……」


 馬車内を満たすなんとも言えない空気に耐えかねたのか、エルミーネさんとシェリーが溜め息を漏らす。

 すみません、居づらい空気にさせてしまって……と心の中で謝る。

 膝にシェリーを乗せたままのクレアから、隣に座る俺へと妙に体を寄せられつつ、馬車はラクトスへと向かってひた走る……。

 ……それはそうと、エルミーネさんって結婚していたんだなぁ――。



「ありがとうございます、タクミさん」

「問題ないよ。こうしてクレアの手を握れるんだから、役得だと思っているし」

「まぁ、タクミさんったら。ふふふ、でしたら私も役得ですね」


 ラクトスに到着し、門の前で馬車から降りる。

 先に俺が降りて、下から降りようとするクレアの手を持って支える。

 ちょっと気障なセリフだったけど、クレアが喜んでいるようで良かった。

 握った手は、俺からもクレアからもギュッと力が入れられている……緊張しているわけじゃないぞ。


「んんっ! 油断すると、いつでもどこでもそうやって……そうしていると私やヨハンナさんが降りられませんよ、クレアお嬢様、タクミ様」

「ご、ごめんなさい、エルミーネさん」


 馬車の中から、エルミーネさんから咳払いと共にジト目ととげのある言葉が投げかけられる。

 クレアの手を引いて、塞いでいた馬車の出入り口から離れながら、エルミーネさんに謝った。

 ヨハンナさんとの話から、ラクトスに到着するまでずっと馬車内には俺とクレアによる甘い雰囲気が充満していたのは自覚している。

 止めようとしても止められなかったのは、俺が悪いんだが……我慢できなくてクレアの髪を撫でたりしていたし。


 だからこそ、ずっとにこやかに見守っていたヨハンナさんはともかく、エルミーネさんには辛い時間だっただろう。

 冷静になって考えてみると、あの状況を一時間近く耐えたら、ジト目にもなるし言葉に棘を含んでしまうよなぁ。

 

「怒られてしまいましたね……」

「ははは、気を付けないとね」


 隣で、苦笑して俺を見上げるクレア。

 俺も苦笑し、自分でも反省しているのか疑わしい言葉を返した。


「……それでもまだ手を離さないのは、仲の良さの表れで羨ましくも喜ばしいですが」


 ジト目を続けて、繋がれたままの俺達の手を見て溜め息交じりに呟くエルミーネさん。

 ごめんなさい、一度つなぐとなんとなく離しがたくて……。

 というか羨ましいって、心の声が漏れている気もするけど……エルミーネさん、旦那さんと上手くいっていないのかな?

 若い頃を思い出して、とかかもしれない。


「あぁ、お二人の仲睦まじい様子……素晴らしいですね」


 最後に馬車から降りたヨハンナさんは、微笑ましいとか朗らかを通り越して、何やら夢見がちな乙女的な雰囲気……いや、表情と声を出していた。

 ヨハンナさんの本性? が、露わになって来ているなぁ。

 もはや隠す気はなさそうだ……。

 喜ばれるのは悪い事じゃないから、いいか。


「ほっほっほ、その様子を旦那様に見てもらえれば、喜ばれるでしょうなぁ」

「セバスチャンさん」

「お父様の前では……恥ずかしいわね」


 別の馬車に乗っていたセバスチャンさんが、俺達の様子に笑いながらこちらに来る。

 エッケンハルトさんの前か……わりと気にせずやっちゃいそうだけど、クレアはやっぱり恥ずかしいようだ。

 まぁ、親とかに見られるのってまた別だよな、ティルラちゃんに見られるのは平気みたいだけども。

 多分俺もクレアも、無意識というか気付いたらエッケンハルトさんの前でも、似たような事はやってしまいそうな予感はあるが。



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