第1282話 クレアはドレスを着て出てきました



「……リーザ様にお兄さんですか……嬉しいものですね。子供ができたら、こんな感じなのでしょうか?」

「自分の子供とは違うんじゃないですか? お兄さんであって、お父さんとかではないですし」

「ふむ、そういうものですかね」


 リーザにお兄さんと言われて微笑むアルフレットさんだけど、どちらかというと親戚の子供に近い気がする。

 ……子供に関してはいい年齢だけど、ジェーンさんは諦めていない様子だし、アルフレットさんも俺とリーザを見て前向きに考えているらしい。

 それはともかく、女性の使用人さんには早くから懐いていたリーザ……尻尾や耳を撫でたいという希望者も多かったから、接する機会が多かったのもあるだろう。

 男性の使用人さんを呼ぶ機会がこれまでほぼなかったため、アルフレットさんを呼ぶのはこれが初めてっぽいな。


「それにしても、大所帯になりましたね……」

「そうですね。タクミ様とクレアお嬢様だけでも、運ぶ物も多いですが……なんと言っても、フェンリルの数が多いですから。ですが、フェンリルにも荷物を持ってもらっているので、これでも馬車の数は少ない方かと」


 数の多い馬車を眺めて、思わず呟く。

 アルフレットさんが答えてくれたように、今回は俺とクレアだけでなくフェンリル大量にいるからな。

 そのフェンリルにはそれぞれ、レオと同じ唐草模様の風呂敷が巻かれていて、細かな物が入っている。

 完全に荷物持ち扱いだけど……まぁ、フェンリル達も嬉しそうに巻かれていたので、問題ないだろう。


 俺やクレアといった人が乗るための馬車が数台、大きな幌馬車がたくさん……。

 ランジ村へは使用人さん達も多く行くうえに、ティルラちゃんも同行する。

 まぁティルラちゃんは、ラーレに乗っている事の方が多そうだけど。

 レオやフェンリル達がいても、今回の移動は主に馬車の速度に合わせる必要があるため、数日がかり……当然、途中の野営や食料なども積んでいるため、かなりの荷物になっているようだ。


 人よりたくさん食べるフェンリルがいっぱいいるためでもあるけど。

 フェンリル達はまぁ、もしもの場合には近くの森に食糧となる魔物を狩りに行く、という手段があるにはあるけど。

 でも基本は調理した物を食べたい、という主にフェリーやフェンの要望があったので、できる限り全員分の食糧を持って行く……そのため、昨日はラクトスで食糧を仕入れるのがちょっと大変だったみたいだけど。

 料理に関しては、使用人さんの一部とヘレーナさん達料理人さんも帯同するから、そこはお任せだ。


 それでも、数日分の食料には足らない見込みだったため、後詰めで食料を積んだ幌馬車がラクトスから出る手筈らしい。

 そちらの準備をする使用人さんは、明日屋敷を出発するみたいだな……シャロルさんも、その中に入っていたはずだ。

 シャロルさんと同じく、フェンリルの世話係になっているチタさんは……あ、いた。

 複数のフェンリルに囲まれて、楽しそうにやっているな。


「うふふ、ここは楽園ですね……」

「ガウゥ?」

「ガウガウ?」


 様子を見るだけのはずだったんだけど、恍惚とした様子のチタさんに、周囲のフェンリル達はちょっと戸惑っている様子も垣間見えた。

 ま、まぁ、エメラダさんと同士になっただけの事はあると考えておこう。

 戸惑っているだけで、フェンリル達が嫌がっているわけではないので、あのままでもいいかな。


「お待たせしました、タクミさん」

「お待たせしましたー!」

「クレア、ティルラちゃん……って、あれ?」

「クレアお姉さん、綺麗~」

「ワフ~」

「私も、おめかししているんですよリーザちゃん?」

「ティルラお姉ちゃんも可愛い……格好いいよ!」

「ワフワフ!」

「ふふん!」


 着々と進む出発の準備を眺めていると、屋敷から出てきたクレアとティルラちゃんに声を掛けられた。

 相変わらずティルラちゃんは元気いっぱいだなぁ……なんて思いつつ振り向いて、首を傾げる俺。

 クレアの姿に、レオとリーザも嬉しそうに反応し、ティルラちゃんはクレアにばかり視線が行くのに少し拗ねた様子。

 慌てて、レオとリーザがフォローするように褒める。


 クレアは、以前雇用者達との顔合わせの時と同じく、ドレス姿……胸元で陽の光を反射する、ネックレスの宝石が眩しい。

 ティルラちゃんは、どちらかというと男装に近い恰好だな。

 リーザが可愛いから格好いいと言い直したのも頷けるけど、俺から見ると背伸びをしている感じにも見えるから、可愛いも間違いじゃない。

 でも、ティルラちゃんはともかく、これから数日間馬車移動で野営もするのに、クレアの恰好はこれで合っているのか?


「いつもなら、動きやすい恰好なのに……それで大丈夫? いや、綺麗なのは間違いないけど」

「ふふ、タクミさんに褒められました。そのですね……」

「そこからは、私がご説明いたしますよ」


 出た、説明お爺さん!

 微笑んで、話そうとするクレアの横からニュッと現れたセバスチャンさん。

 色々面白がる人だけど、登場の仕方も変えるようになったみたいだ……ちょっと心臓に悪い。


「この屋敷にクレアお嬢様が滞在されている事は、周辺の村々、ラクトスの街に住む者達のほとんどが知っている事でした。ですがこの度、ランジ村へ住まいを移す事になりますので……」

「それを、報せるためにって事ですか?」

「そうです。これからラクトスの街を通りますが、その際に我々と正装したクレアお嬢様が通る事で、住居を移されるのだという事を報せます。まぁ、正式には街の代表……ソルダンさんがラクトス全体に報せるのですが」

「成る程……」


 つまり、もうこの屋敷にクレアはいませんよ、別の場所にこれから移動しますって皆に報せるためなのか。

 ちなみに、使用人さん達や馬車の数も含めて、大名行列とは言わないけど大仰な大移動になるので、ラクトスを通る際に多くの人から注目されるのはわかりきっている事ではある。

 フェンリル達は、さすがに全て街の中を通るわけにはいかないため、街南の森を通り抜けて東側で合流する事になっている。


 一応、フェンとリルルは俺達に同行するけど、ラーレとフェリーはフェンリル達の誘導をするため、ラクトスの西門付近で一旦別れる予定だ。

 ……ラーレは、以前スラムに突撃した事もあってもう少し様子見するためだな。

 ティルラちゃんは、俺達と一緒にラクトスを通る予定だ――。



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