第1256話 ほぼ全て見られて聞かれていました



「私達だけではありませんよ?」

「おめでとうございます、タクミ様、クレアお嬢様!」

「この吉事に、月も祝福しているように強い光を発しています。おめでとうございます、お二方」

「フィリップさんに、ニコラさん……」


 こちらに近付きながら、ゆっくりと振り向くセバスチャンさんの後ろからは、続々と他の人達が。

 それぞれ、ライラさんと同じように祝福するように朗らかな笑みというか、面白い物をみたような笑顔を浮かべている。

 さらにその後ろからは、アルフレットさんやジェーンさん、ゲルダを含めた俺の雇っている使用人さん達……だけでなく、エルミーネさんやミリナちゃん……ヘレーナさんまでいる!?


「おべでどうござびばずぅぅ! クレアおじょうざばぁぁぁ!!」

「ヨハンナもいるのね……」


 ヨハンナさんは、別れ際のデリアさんを思い出させる程に号泣している……女性に対して失礼かもしれないけど、涙や鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。

 それだけ、クレアの事を心配していたんだろうけど。

 それ以外にも、どんどん姿を見せる屋敷の人達……。


 というか、屋敷にいる人達の大半がいるんじゃないかというくらい、どんどん出て来るな……さすがに、全員は庭園に来られないので鑑賞用の草花の向こう側で待機しているみたいだけど。

 周囲にこれだけの人がいながら、どうして気付かなかったんだ……はぁ……。


「若い方達の、こういう姿を見ると私も若返ったような気持ちになりますな。旦那様には、良い報告ができそうです……」

「セ、セバスチャンさん……」


 満面の笑顔のセバスチャンさん。

 クレアと付き合うというのなら、当然エッケンハルトさんにも言わなきゃいけないわけで……報告するのは当然だろうけど、変な報告はしないようにお願いしておいた方がいいかもしれない。

 ん? 変な報告といえば……?


「もしかして、全部見ていました?」


 ふと疑問に思い、セバスチャンさんに聞いてみる。


「最初から見ていたわけではありませんよ? そうですな……どこからでしたか、ライラさん?」


 などととぼけてライラさんに聞くセバスチャンさん。

 セバスチャンさんが、そういう事を覚えていないわけがないのに……この人はわざとそうして楽しんでいるんだろうな。


「そうですね……クレアお嬢様に、花をプレゼントしていたくらいでしょうか? 花の意味など、興味深い話をしておられました」

「ほとんど全部じゃないですか!!」

「おぉ、そういえばそうですな。花の名前もクレアお嬢様と同じとは、中々感心しました」


 落ち着いて話をするために、ティルラちゃんの事な度も話していたけど……告白の場面という意味では、ほぼ最初からだ。

 という事は、俺がクレアに背中から抱き締めてしまった事も、見られていたわけで。

 しかも、花の名前とか意味を聞いているから、俺とクレアの会話もバッチリ聞こえていたって事でもある。

 夜だし俺とクレア以外喋っている人がいなくて、声が響いて届いたんだろう……結構騒いでいた自覚はあるし。


「あれは私も見習おうと思いましたね。女性の名前の付いた花、そしてその花を女性に見立てて贈る……素晴らしい案です!」

「それができるのは、タクミ様くらいでしょうに。フィリップさんは、花を作るどころか育てる事もできずに、枯れてしまうでしょう」


 興奮気味のフィリップさんに、ニコラさんか的確なツッコミが入る。

 確かに、クレア・オースチンに関しては『雑草栽培』に頼っての物だから、フィリップさんには無理だろう。

 それはともかくとして、花を栽培でして売る商売がされていないこの世界では、自分でなんとかする必要があるわけで……。


 もし必要な花が手に入っても、ニコラさんの言う通り枯らしてしまいそうだな……フィリップさん、結構ずぼらなところがあるし。

 ……なんて、ブレイユ村で少しの間一緒に暮らして得た情報はどうでもよくて、俺の行動がほぼすべて見られていた事だ。


「は、恥ずかしい……あれもこれも、全部見られてたって事じゃないですか……」

「うぅ……私もです。普段から、人に見られる事には慣れていますけど。それでも、さっきの場面は見られて平気でいられません」


 告白をほとんど見られていたとわかって、恥ずかしくなる俺とクレア。

 というか、そんな場面を見られて恥ずかしいと思わない人なんていないだろう。

 最初から、公の場で告白するとかでもないわけだし。


「ほっほっほ、中々素晴らしいものが見られたと思っていますよ。それと、今もですが」

「今も……?」


 笑っているセバスチャンさんの言葉に、ふと疑問が沸く。

 俺達のやり取りを楽しそうに眺めるのは、セバスチャンさんならそうなんだろうけど……今も面白がるような事なんてあったっけ……?

 と、考えた辺りで、クレアのほのかな甘い香りだとか、柔らかい感触に気付く。

 そうだった! いきなりレオ達が飛び出して来たから驚いて、状況を失念していたけど、今俺とクレアは抱き合っているんだった!


「「ふわっ!」」


 クレアと二人で同時に状況を確認し、お互いの視線が合った段階でガバっと音がするくらいの勢いで離れた。

 鍛錬ですら出した事のない速度で動いた気がする、俺もクレアも。


「そういえばそうでした……あまりに自然と言うべきか、幸せを感じ過ぎて忘れていました……」

「おさまりが良すぎたというか、あぁしているのが自然のような、当然とすら思えて……」


 背を向けたクレアが何事か呟いているのに対し、俺も小さく呟く。

 クレアが何を言ったのかはわからなかったけど……すごくしっくりくる感じもあって、レオ達への驚きですっかり抱き合っているという状況が頭から抜け落ちていたんだろう。

 驚き過ぎた事や、見られて聞かれていた恥ずかしさが大きな原因だろうけども。


「ほっほっほ、お二人共似たような事をお考えのようで、微笑ましいですなぁ」

「それだけ、二人の想いが重なったという事なのでしょう。良い事です」

「むにー……」


 俺達を見て微笑んでいるセバスチャンさんとライラさん……リーザの寝息だけが、少し俺を落ち着かせてくれる気がする。

 他の人達も、今のやり取りを含めて、俺とクレアを朗らかな笑顔で見ていた……恥ずかしいからそんなに見ないで!



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