第1240話 お店への道中は皆と話しながらでした



「ワフ、ワフワフ」

「もっと速く走れないのかだって? レオ、それはレオやフェンリル達だからだぞ? 人間はレオ達みたいに速く走る体の作りじゃないんだ」

「ワフゥ……?」


 俺に言われて、首を傾げるレオはよくわかっていないようだ。

 そもそも、二足歩行と四足歩行の違いがあるからな。

 二足歩行は重くて大きい頭を支えるのには適しているらしいけど、速く走る……という点においてはその限りじゃない。

 というか運動に関しては、単純に四足歩行の方が優れている点が多いからなぁ、立っているだけでも安定感があるのは言わずもがなだし。


 それなら走る時だけ四足歩行にと思っても、その体勢での動きに慣れていないし、当然筋肉の付き方も二足での生活用になっているので、うまく行くわけがない。

 ……そう考えると、二足と四足を使い分けられているデリアさんは、獣人だから両方のいいとこどりできているのか。

 ちょっとズルい。


「リーザも、パパみたいに走ってみたいなー」

「……リーザは、もうすでにできいると思うけど。いや、走り続ける体力が問題か」


 走る事に興味を持ったのか、リーザがそんな事を言い出した。

 俺の真似をしたいと思うのは嬉しい事でもあるけど、既にリーザの足は俺より速かったりする。

 多分ほぼ無意識で使っている、獣人特有の魔法の影響だと思うけど……いつからか鍛錬に組み込まれていた、シャトルランや短距離全力疾走をすると、序盤は必ず俺やティルラちゃんをぶっちぎる。

 ただし、まだ成長途中で持久力が付いていないのか、何度かやるとギリギリで俺が勝つんだけど。


 まぁ俺の場合は、ほとんど成長しきった年齢だからな。

 むしろ、そんな俺に十歳と七歳くらいの子供が付いて来られるティルラちゃんと、リーザの才能の方がすごいか。


「むぅ……いつも疲れて、もう走りたくないってなっちゃうから」

「ははは、それは皆そうだよ。俺だってさっき、何度も途中でもう走りたくないって考えたからな」


 むくれるリーザが可愛くて、つい笑いながら話すが、疲れて来て走りたくないと思うのは、誰にだってある事だ。

 リーザの場合は成長に伴って体力を付けるよりも、それでも頑張る心を鍛える方が重要なのかもしれない。

 忍耐力があるのは、これまでリーザが育ってきた環境を考えれば間違いないんだけどなぁ。


「人間は面倒なのよう。走らずに飛べばいいのに……」

「っと。まぁ確かに……妖精みたいに自由に飛べたら、確かにいいかもしれないけどな。できないんだから仕方ない」


 ヒョコッとレオの毛の中から顔だけ出したフェアリネッテが、呆れたような口調で言う。

 そりゃ、妖精はどういう原理か自由に……それこそラーレが飛ぶより自然に飛んでいるから、そう思うのかもしれないけど。

 この年齢で、空を自由に飛びたいなんて夢を見る事はなくなったなぁ。

 飛行機は乗った事があるから、飛んだ事になるのかはともかくとして……小さい頃には、頭に付ける竹でてきた空を飛べるプロペラに憧れたもんだ。


「ワフ、ワフワフ」

「それはレオちゃんとか、フェリーちゃん達くらいじゃない? タクミちゃんだって、今いいかもしれないって言っていたのよう?」

「ワフ?」


 レオが走るのも楽しくていいもの、と言うように鳴くが、フェアリネッテの言葉を受けてそうなの? と俺に不思議そうな顔を向けた。


「走れば疲れるし、歩いていても疲労はするからな。それに、空を飛ぶって便利な気がするし……ない物ねだりなんだろうけど」

「ワフゥ……」

「そういうものなんだねー」


 俺の言葉に、レオとリーザの感想がシンクロした。

 いや、レオは鳴き声を上げただけだけど、内容は一緒でそういうものなのかぁという感じだ。


「疲れるってわかっているのに、あんなに走ったの? 確か、クレアちゃんの事を考えるからとか言っていたけど……飛べない以上に人間の男女っていうのは、よくわからないのよう」

「ははは、異性のいない妖精からからすると、よくわからなくても仕方ないのかもしれないな」


 眉根を寄せて不思議そうに、何度も首を傾げるフェアリネッテ。

 それこそ、単性で女性しかいない妖精から見たら、男女間の機微なんて不思議そのものなんだろうと苦笑する。

 種族間の価値観の違い、とも言えるのかもな。

 こうやってお互いの種族の事を知って、少しずつ歩み寄れたら……なんて考えて、ふと気付いた。


「フェアリネッテ、あんまり顔を出さないようにな? 珍しがられるぞ?」


 俺がレオの顔ではなく、体に向けて話しかけているのを不思議に思った人がいたのか、何人かの視線がフェアリネッテの方へ向けられていた。

 妖精は珍しい種族らしいから、特に秘密にするわけじゃないけどあまり衆目に晒すのはな……。

 初めてラクトスに来た時の、レオのようになりかねない……モコモコだし。


「そうなの? でも確かに、タクミちゃん達は特別だけど、不特定多数の人間に見られるのはあまりよくないのよう」


 そう言って、フェアリネッテはレオの毛の中に再び紛れ込んでいく。

 不特定多数って、結構難しい言葉を知っているんだな……意外と頭はいいのかもしれない。

 と考えるのは、フェアリネッテや妖精に対して失礼か。

 俺が知っている物語の妖精は、悪戯好きでズル賢いというイメージだし、頭が悪いって事はないんだろう。


「でも、珍しがられるってなんなの? 奇異の目で見られるとかなら、まだわかるのよう?」

「奇異の目……もあると思うけど。でもここにレオっていう特大の、珍しいのがいるからな。そうそう、レオが初めてこの街に来た時の事なんだけどな?」

「ワフゥ」

「そんな事があったんだ、ママ」


 奇異の目も、珍しがられるのも、似たようなものかもしれないけど……レオというシルバーフェンリルがいるから、あまり変な目は向けないと思う。

 それよりも、モコモコな毛に対して興味を持たれそうだなぁと思い、レオと初めてラクトスに来た時の事を話し始めた。

 あの時はエメラダさんを始めとして、レオを撫でた時の毛の感触に顔を綻ばせる人が多かったなぁ、なんて事を思い出す。

 人が列を作って、順番に撫でられて……というあたりでレオが溜め息と、リーザの面白がるような声。


 レオ自身、嫌がっていたわけでもないし撫でられるのは好きなんだけど、さすがに列を作ってまでっていうのは微妙な感じだったらしい。

 まぁ、おとなしい事を示すためでもあったから、体もほとんど動かせなかったからな――。



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