第1211話 少しだけライラさん達の昔話を聞きました



「ちょっとした失敗や、指先を切って怪我をするくらいは誰でもある事だと思いますけど……ライラさんでも、ゲルダさんがそんな失敗をするようになった時期がわからないんですか?」

「はい。今考えるといつの間にか、としか言えないのです」


 同じ孤児院出身で、いつの年頃からかはわからないけど、長く一緒に育ってきたライラさんとゲルダさん……使用人さんには他にもいるけど。

 とにかく、そのライラさんでもゲルダさんがいつ頃から、大きな失敗をするようになったのか、わからないらしい。

 うーん、何かのきっかけでそうなったわけではないのか……いやでも、最初から大きな失敗をするわけじゃなかったのなら、何か原因があってもおかしくはなさそうだけど。


「そういえば、確かあの頃は……孤児院内で男女の関係が話される事が多かったですね」

「男女の関係ですか? えっと、それはどういう……?」


 まさか、昼ドラばりに誰かと誰かが不倫したとか、そういった話題を孤児院の子供達がするわけないよな。


「数年に一度、孤児院内でそういう話が多くなるのですが、要は誰々と誰々が好き合っているとか、そういう話題ですね」

「あぁ、成る程……」


 思春期の子供達も抱えるから、そういった話題には敏感になる時期もあるって事だろう。

 ブレイユ村でも、ませた女の子が俺とデリアさんの関係を勘ぐって、恋愛話に繋げようとしていたりもしたからな。

 いつの時代も、例え異世界でも、そういった話題に興味が出る子供はそれなりにいるだろう。

 日本でよく語られる淡い初恋の思い出……がこちらでもあるかはともかくとして。


「偶然時期が重なっただけで、意味もない事でした。申し訳ありません」

「いえ、そういった他愛ない話でも、聞いていると面白い事もありますからね」


 まさか、男女の機微が気になってとか、気になる男の子ができたからとかって理由で、ゲルダさんのドジが増えたわけじゃないだろうけど、そう言った話を聞くのも楽しい。

 他の人がどんな幼少期を過ごしたのかとか、こちらの世界での考え方にも触れられる機会でもあるから。

 

「そういえば、ライラさんのそういう話は聞いた事ありませんね……まぁ、俺が苦手な分野だってのもありますけど」


 これまで、他の人のそういった事情を聞く事はほとんどなかったと思い出す。

 自分以外でそういった話が出たのは、ブレイユ村に行った時のフィリップさんと、全力でニコラさんを押す構えのコリントさんくらいだ。


「いえ、私はそのような話は特に……幼少期より、公爵家の孤児院で育ち、いつか公爵家の方々をお世話できたら、使用人になるためにはどうしたら、と考えるので精一杯でしたから」

「ふむふむ。その影響で、誰かをお世話したい欲求に駆られるようになったわけですね……」

「そ、そんな事は……」


 ライラさんには珍しく、俺の質問に目線を逸らして声を潜めながら答えている。

 恋愛話に疎いわけではなさそうだけど、あまりそういった事を考えて来なかったってわけか。

 ライラさんも美人なのに、もったいない……その気になれば引く手数多だろうに。


「私がお慕いする方ができるとしたら……生涯を捧げてお世話させて欲しい方、と心に決めていますから。……今は、タクミ様の使用人としてお世話させて下さる事で、満足しています」


 ん? それって……? いやまさかな。

 おかしな考えになろうとしていたのを振り払い、ライラさんに笑いかける。


「ははは、もしそういう人ができたら、教えて下さい。ライラさんには本当にお世話になっていますから、全力で応援しますよ」

「……はい、その時はよろしくお願いします」


 少しだけ間を開けて、俺に小さく頭を下げるライラさん。

 まぁ、俺の応援なんて基本的に恋愛話が苦手で、これまでの人生ある意味避けていた部分もあるから、何ができるかはわからないけど……。

 ライラさんが困っていたら、雇い主としても、お世話になっている身としても、何か助けになればなと思う。


 ――グルゥォォォォォォォォォォォン!!


「ワフ!」

「戻って来たみたいだな」


 そんな話をしていると、遠くから何者かの遠吠え……というか、フェリーの声が周囲に響き渡った。

 レオがいち早く反応して、遠吠えが聞こえた方に顔を向けつつ、俺にフェリーが戻ってきた事を伝えるように鳴いた。

 フェリーには戻って来る際、屋敷に近くなったら遠吠えで報せてくれと言ってあった。

 迎え入れるための準備のためだな。


「それじゃライラさん、よろしくお願いします」

「は、はい。こちらこそ、タクミ様のフォローはお任せ下さい」


 俺が声を掛けると少し戸惑った様子ではあったけど、すぐに頷いて請け負ってくれた。

 頼もしい。


「えーっと、レオはフェリーを迎えてくれ。リーザは……どうする?」

「ワフ!」

「うーん……私もママと一緒に、フェリーが連れてきたフェンリルを見たいけど……でも、最初の約束だから。パパを手伝う!」

「そうか、わかった。まぁ、ずっとハンバーグ作りをしているだけじゃなくて、フェリー達の所に行かなきゃいけないと思うから、その時にリーザも一緒にな?」

「うん!」


 レオはシルバーフェンリルとしてなのか、フェンリル達を迎えるのに意気込んでいる様子。

 リーザは……フェンリル達を見るのに興味があったようだけど、手伝う約束をしていたので俺と一緒にいる事にしたようだ。

 レオの背中から降りつつも、気になるのかフェリーの遠吠えが聞こえた方をチラチラと見ているのに、我慢しちゃって……。

 フェンリルの担当が基本的に俺なので、ずっと料理にかかりきりになるわけにもいかないため、俺も後でフェリーの所に行かないといけないだろうから、その時にリーザも連れて行こう。


 そうして、フェンリル達の受け入れ班と料理を作る班とに別れて、皆が一気に動き出した。

 フェンリルを迎える方は、クレアやセバスチャンさんなどの屋敷の使用人さん達に、アルフレットさんやチタさんが担当。

 ジェーンさんやライラさんは、俺やヘレーナさんと一緒に大量のハンバーグ作りの手伝いだ……もちろん、ゲルダさんもこっちだな。

 さて、フェンリル的にはあまり遠くじゃないかもしれないけど、はるばる森から出てきたんだから、美味しいハンバーグを作れるように頑張ろう!



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