第1206話 フェリーから提案がありました



「もう、仕方ないわね……でも、使い過ぎて倒れないように気を付けなさい?」

「もちろんです!」


 苦笑しつつも、しっかり注意するクレアに、深く頷くティルラちゃん。

 使い過ぎると倒れてしまう、というのは既にティルラちゃんも経験済みだ。

 俺とティルラちゃん、二人が倒れる場面を両方見ているクレアは特に心配なんだろうな。

 ティルラちゃんが倒れる瞬間は俺も見ていたけど……あの急な倒れ方は、見ている方は心配になってしまうのも仕方ないと思う。


「ほっほっほ、それではそろそろ屋敷に戻りましょうか」

「……はぁ、この様子だとセバスチャンは知っていたわね」

「申し訳ありません、クレアお嬢様。朝食後にティルラお嬢様から、相談されましてな。屋敷を離れる皆様だけでなく、クレアお嬢様とタクミ様も驚かせたいとの事でしたので……」


 微笑みながら、俺達を屋敷へと促すセバスチャンさん。

 ジト目のクレアに言われて謝りながら事情を説明してくれたけど、その表情が楽しそうで全然申し訳なさそうじゃないのは、まぁセバスチャンさんだからな。

 クレアも、諦めたように溜め息を吐いていた……この分だと、他の使用人さん達も知っていたな。

 俺としては、驚かされてセバスチャンさん達にあれこれ言うよりも、ちゃんとティルラちゃんが誰かに相談していた事に、ちょっとした成長を感じられたけど。


 スラムに乗り込んだ時とは違って、何かを行動に移す前に誰かに相談を……と散々言われた事はちゃんと実行しているみたいだから。

 そんな風に、大きくはないけど少しずつの成長を感じながら、レオやリーザも伴って屋敷の中へ入って行った――。



 薬草作りや昼食、ティルラちゃんとの鍛錬を終え、日が少し傾き始めた頃。

 レオやティルラちゃん達と休憩していた俺の前に、フェリーが近付いて来て目の前でお座りした。

 ちなみにリーザは、食事の時以外ずっとレオの背中に乗っていた……不安定なのもあるけど、屋敷に置いてラクトスに行ったのが、よっぽど寂しかったんだろう。


「グルゥ」

「うん? どうしたんだフェリー?」

「どうしたんでしょう?」


 軽く頭を下げるような仕草をした後、俺に向かって鳴くフェリー。

 ティルラちゃんと一緒に、首を傾げる。


「グルゥ、グルル、グルルゥ。グル?」


 何やら俺達に伝えたい事がある様子。

 ティルラちゃんのギフトは、今朝使ったらしいので無理せずリーザに通訳してもらう。

 それによると、そろそろ一度森にいる群れの方に戻って、フェンやリルル以外のフェンリルを連れて来てもいいか? という事らしかった。

 フェリーがリーダーになっているフェンリルの群れは、駅馬の話に賛同してくれている。


 今のうちに連れて来て、人に慣らせる意図があるようだ。

 それから、消極的なフェンリルも中にはいるらしく、レオと会わせたいという事でもあるらしい……それ、ほとんど強制的に従わせるって言っているようなものだよな?


「さすがに、無理を押し付ける気はないんだけど……」

「グルゥ! グルルル、グル!」


 無理矢理はいけないぞ? と注意するようにフェリーへ伝えると、レオと会わせるのはフェンリルとして挨拶をするだけだとの主張。

 積極的に参加するように、説得は続けるようだけど……それはレオではなく、どちらかというと料理に期待とフェリーは言っているみたいだ。

 料理ね……フェリーの好みからは、ハンバーグだろうけど。

 まぁ、焼く以外で細かな調理をした食べ物が、野生の魔物や動物たちにとって魅力的、というのはよくわかる。


 要は餌付けしてくれって事だな。

 とはいえさすがに、屋敷に他のフェンリルを連れて来るのは、俺とティルラちゃんだけで許可を出せる事ではないので、クレアやセバスチャンさんを呼んでもらい、相談する。


「フェンリル達が来るとなると、数にもよりますがさすがにこの裏庭も手狭になりますな」

「そうね……屋敷の中に何体かを招き入れるという事も、できなくはないけど」

「レオもシェリーも、屋敷の中で暮らしているからね。ちゃんと細かな注意をしておけば、大丈夫だとは思う」


 フェリーを前に相談する俺達……クレアもセバスチャンさんも、フェンリル達が増えるのは歓迎する構えだけど、さすがに居場所の問題がある。

 かなりの広さを誇る屋敷とその敷地だけど、さすがにこれ以上フェンリルが増えると、裏庭が狭く感じるだろうからなぁ。

 裏庭は今、結構広がった簡易薬草畑に、俺とティルラちゃんの鍛錬場、それからフェリー達魔物がほぼ住み着いている状況。

 簡易薬草畑や、鍛錬をする場所を変えればフェンリル達が休むための場所は、確保できるだろうけど……さすがに自由に動き回るスペースは難しそうだ。


「ランジ村への移動に備えて、厩も今はいっぱいですからなぁ」


 従業員さん達を、ラクトスまで送っているためそれなりに出払っているけど、いつの間にか馬の手配をして屋敷の厩は埋まってしまっているらしい。

 人の移動だけでなく、多くの物を運ぶから……それなりの数の馬が必要だから。


「慣れてもらうのであれば、フェンリル達にも運んでもらうのはどうかしら? 馬車と同じ速度であれば、今のままでも荷馬車曳いてもらえると思うわ。もちろん、フェンリル達にお願いして承諾してもらえればだけど」

「成る程。馬の代わりって最初から考えていたんだから、この際試しに荷馬車を曳いてもらうのもいいかもしれない」


 クレアの提案に頷く俺。

 フェンリルに馬車を曳いてもらう際、一番問題になりそうなのが、馬車の耐久性。

 以前お試しで馬車を曳いてもらった時は、かなりの速度だったから馬車が耐えられるか……短距離ならまだしも、ランジ村までとなるとかなり不安だ。

 あの時も、結構馬車が痛んでいたらしい、結構その後のメンテナンスというか補強が大変だったと聞いた。


 そのため、馬車の方の改良もクレア達の方で考えられていたんだけど、馬と同じくらいの速度なら現状のままでも問題ないはずだ。

 要は、馬を減らして代わりにフェンリルを使うってだけの事だからな。


「ふむ、人が乗って移動……というのは、ブレイユ村へ行った際に試してみましたが、荷馬車などはまだでしたな。でしたら……」


 セバスチャンさんも頷き、フェンリルの受け入れについて話し合った――。



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