第1156話 一つの気持ちが固まりました



「でも色々あったおかげで、ようやく俺も自分の気持ちに気付いたよ。……気付いたというか、目を逸らすのを止めたって方が正しいかもしれないけど」

「自分の気持ち、ですか?」


 キョトンとこちらを見るクレア。

 淡い明りに照らされるクレアは、今日ラクトスに行った時と違って普段の姿になっている。

 着飾らなくても、俺にとっては十分に魅力的な女性なのだと、はっきり自覚した……いや、既に知っていた。

 エッケンハルトさんとの約束もあるし、自分の気持ちをこれ以上誤魔化す事はできない。


「そろそろ、はっきりさせないといけない事があってね。まぁ、どうはっきりさせるかが、自分の気持ちに関係しているんだけど」


 なんとなく、気恥ずかしくなって視線を逸らす。

 リーザやデリアさんが、楽しそうに食事をしながらレオ達とわいわい話している様子が目に入る。

 そうだな……レオからもせっつかれていたし、リーザの事もある。

 そういえばレオから、そういう話をされなくなったのも、エッケンハルトさんと約束したくらいからだっけ? レオなりに、気を遣ってくれたのかもしれない。


「……タクミさんがはっきりさせる? 気持ちに関係……? わかりません」


 視線を戻すと、首を傾げているクレアが見える。


「ま、まぁ……きっとそのうちわかると思う。必ずクレアには話すから」

「そうですか? わかりました。タクミさんがそう仰るなら……気になりますけど、我慢します」

「うん……」


 ごめん、と心の中で謝る。

 はっきりさせる事や、自分の気持ちはもう固まっているんだけど、それを言うのは今じゃない。

 さすがに、多くの人の前で話す事に少しずつ慣れ始めていても、この場で告白なんてできようはずがない。

 でも、近いうちに必ず……。


「タクミ様、少々聞きたい事が……あ、クレア様。ご機嫌麗しゅう。本日は招待して頂いただけでなく、このような場を用意していただき……」

「ペータさん」

「ふふ、堅苦しい挨拶はなしでいいわ。皆、タクミさんの作る薬草園で働く仲間ですもの」


 誤魔化した事で、微妙な雰囲気になった俺とクレアの所に、ペータさんが声を掛けて来る。

 何か質問があるらしいけど、俺の隣にクレアがいるのに気付き、深々と頭を下げた。

 微笑みながらペータさんを止めるクレアは、今日この場は無礼講に近いと言いたいんだろう。

 俺の作る薬草園というのは、少々大袈裟というかクレアも共同経営だし、公爵家の力を借りているんだけど……まぁ、今突っ込むのは野暮か。


「えっと、それでペータさん。俺に聞きたい事っていうのはなんでしょう?」

「その、この庭にある植物もそうなのですが、門から屋敷までの庭に植えられている植物が、どうも綺麗すぎる気がしまして……いえ、おかしいと言うよりは整い過ぎていると言いますか……」

「あら、植物の話ですか。成る程……でしたら、私は邪魔になるでしょうから、他の方と話しをする事にしますね」

「邪魔というわけじゃないけど、わかった」

「申し訳ありません、クレア様」

「いいのよ。今日は、私がタクミさんを独占するわけにはいかないわ。私も、せっかく皆がいるのだから、できるだけ話をしないとね」


 そう言って、離れていくクレア。

 本当に邪魔というわけでもないし、クレアも知っている事なのに……まぁ、確かに俺とクレアが一緒にいて、他の人と話さないのは立食会の意味も薄くなってしまうのかもしれないけど。

 ……あぁ、方便というか、ただの理由付けか。


「それでペータさん、この屋敷にある植物の事でしたか」

「あ、はい。その……なんと申しますか、他の場所にある植物とは違う気がしまして。花などは綺麗に咲いておりますし、丁寧に手入れがされているので当然なのかもしれませんが……もしや、これもタクミ様の能力なのでは? と」

「ははは、薬草とか一部の花は俺の能力からではありますけど、違いますよ。丁寧に手入れがされているのはそうですけど……ちょっとこっちへ」

「は、はぁ……」


 さすがペータさんと言うべきか、この屋敷の庭などに植わっている植物を見て、他とは違う様子にいづいたみたいだ。

 試験的に栽培している薬草はともかく、花の一部は俺が『雑草栽培』を使って植えた物もあるけど……もちろん、増え過ぎないように対処済みだ。

 ペータさんがどう言い表したらいいのかわからない、植物が綺麗だというのは、『雑草栽培』が理由じゃない。

 説明するため、ペータさんを手招きしてテーブルを離れた。


「おーい、コッカー、トリース。ちょっと来てくれるかー?」

「ピピ? ピー!」

「ピィ!」

「ははは、すまんすまん。食事の邪魔をしちゃったな」


 レオ達のいる方に近付きつつ、コッカーとトリースを呼ぶ。

 俺の声を聞いて、レオやフェンリル達はこちらに顔を向けるが、すぐに自分達の事を呼んだわけではないとわかって、食事に戻る。

 食べ物に夢中らしい……コッカー達にも、抗議するように鳴かれてしまった。


「こちらは確か、コカトリスの子供……でしたか」

「はい。このコカトリスの子供達が、屋敷にある植物が綺麗に保たれている理由です」


 パタパタと羽ばたいて、俺の両肩に別れて乗るコッカーとトリース。

 シェリーと同じようにこちらも少しずつ成長していて、ラーレに連れて来られた時より大きくなっているため、少し重い。

 それでもまぁ、まだ少し大きめの鳩くらいだけど。


「コッカーとトリース、と俺達は呼んでいますけど……このコカトリスの子供達が、この屋敷の庭を毎日見廻りをしているんですよ」

「毎日、ですか? ですが、コカトリスの子供がどうして……ははぁ、そういえばコカトリスは、森の掃除屋と呼ばれています」


 手、というか両方の羽根を腰……のような部分に当て、鳩胸を逸らして自慢げなコッカー達。

 ペータさんは、コカトリスの異名を思い出したようだ。


「そうです。コッカー達は大体の物を食べられるみたいなんですけど、花などに付いた虫も食べてくれるんです」


 特に好んで食べるのは穀物系だけど、虫も嫌いじゃないらしい。

 嫌いだったら、わざわざ見廻りをして食べたりはしないか。


「草花などの植物にとって、虫は天敵になり得ます」


 葉や花弁を食べられたり、実がなっても虫が食い荒らしたりもするからな。

 まぁ、逆に花粉を運んで助けになる事もあるけど……コッカー達はちゃんと選別できるらしく、植物にとって助けになる虫は食べないようだ――。



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