第1155話 夕食は立食会になりました



「リーザ、ヴォルグラウを頼む。ちょっとティルラちゃんと話してみるよ」

「うん、わかったー」

「バウゥ。バウ~」


 お腹を撫でる役をリーザに任せ、俺はハテナマークをいくつも頭に浮かべているような、ティルラちゃんの方へ向かう。

 クレアと喧嘩した時とか、色々と話して聞かせてくれたから、多分俺が聞けば話してくれるだろう……と思いたい。

 俺が離れる際、ヴォルグラウからは残念そうな声が聞こえたけど、すぐにリーザが撫でたからか気持ち良さそうな声を漏らしていた。


「ティルラちゃん、どうしたの? 今日はなんだか、悩んでいるような考えている事が多いようだけど」

「タクミさん。えっと……うーん……私もよくわからないんです。ちょっと不思議な事があって……」

「不思議な事?」


 俺が声を掛けると、シェリーを撫でていた手を止めて振り返るティルラちゃん。

 顔色は悪くないから、体調が悪いという事はなさそうだ。

 けど、やっぱり頭の上にハテナを浮かんでいると錯覚しそうなくらい、何かに疑問を感じている様子。


「んー……声が聞こえるような気がするんです」

「声? それはどんな……」

「お待たせしました、皆さん」


 俺の質問を遮るように、屋敷の方から聞こえたクレアの声。

 着替えて、裏庭に来たんだろう。


「姉様が来ました。……タクミさん、またにしましょう」

「……うん、わかったよ。でも、もし何かわかったり、話したい事ができたら遠慮せずに話してね?」

「はい!」


 クレアの方を見て首を振ったティルラちゃんは、何か言いたげだったけど、多分よくわからない事で言葉にできなかったのか……諦めたのかもしれないが、とにかく、話を切った。

 今のうちに聞いておいた方がいいかとも思ったけど、ティルラちゃん自身がどう説明していいのかわからないようだし、今無理に聞く事でもないかと、いつでも話を聞くとだけ伝える。

 元気よく頷くティルラちゃんは、疑問を振り払った……というよりも押し込めたという感じだったけど……。

 それにしても、声が聞こえるような気がする、か。


 それはどんな声で、何を言っていたんだろうか? いや、そもそも気がするとティルラちゃんは言っていた。

 幻聴とか、そんな類の事なのか? でも、クレアの方へシェリーやフェンリル達と一緒に駆けて行くティルラちゃんからは、そんな幻聴を聞くような体調の変化は感じない。

 俺が見る限りはだけど。

 声が聞こえる以外にも、ティルラちゃん自身何かに戸惑っているような、よくわからないといった様子だし……気にはなるけど、俺がここで黙って考えていても仕方ないか。


 きっと、ティルラちゃんなら何かあれば相談してくれると思うし、今は気にし過ぎないようにしておこう。

 そう考え、レオやリーザ、ヴォルグラウを連れて俺もクレアの方へと向かった――。




 着替えてきたクレアと合流し、少しだけ皆と話した後に夕食会。

 大きなテーブルを裏庭に設置し、様々な料理を乗せたお皿が所狭しと並べられている。


「あまり大袈裟な物は用意していませんが、これから共に働く仲間として、今日は親睦会となっています。皆、気兼ねなく食べ、飲み、思い思いに過ごして下さい」

「「「「「は、はい!!」」」」」


 飲み物の入ったグラスを手に、集まった皆にクレアが声を掛ける……クレアのグラスに入っているのがお酒じゃないのは、これまでの失敗の経験からだろう。

 従業員の皆は、緊張しているのか一斉に上ずった声で返事をしているけど……まぁ、料理を食べ始れば少しずつ緊張も解れて行ってくれるだろう。

 ヘレーナさん達が頑張って作った料理は美味しいからな。

 人数が多いため、夕食は立食会になっている。


 全員分の椅子を用意するのが大変だと言うのもあるけど、その方が皆自由に話ができるだろうからだ。

 暗い中にも所々にろうそくや魔法の明りが灯されていて、多くの料理と人数からパーティの様相。

 招待客である従業員さん達は、ほとんどがカチコチに固まっていたりするけど。

 レオ達はヴォルグラウも一緒にひとかたまりになっており、リーザやデリアさんもそちらだ……チタさんやシャロルさんが、山のように積まれたソーセージを始め、料理をせっせと運んでくれている。


「そろそろ、皆緊張が解れてきたかな?」

「そうですね。思い思いに話し始めています」


 クレアと、小さく乾杯するように飲み物のグラスを掲げながら、皆の様子を見る。

 大体は以前からの知り合いや、同じ出身の村や街の人達で固まっているけど、中には初対面で話をしている人もいる。

 美味しい料理のおかげか、薄暗いおかげか……使用人さん達も、料理を運ぶついでに話のきっかけを作るために話し掛けたりしているからか。

 ちなみに出されている料理は、うどん以外のハンバーガーやニャックなど俺が関わった物もある……うどんは醤油が少ないから、全員分は用意できないため作られていない。


 見ているとハンバーガーは人気なようで、他の料理より減りが早いようだった。

 皆が喜んでくれる姿を見ると、作った甲斐があったって物だな。

 俺がこの屋敷に来てすぐに出た、ヨークプディンなどもあったり、甘いデザートなんかも用意されている。

 飲み物は水以外に、お茶やお酒……ランジ村のワインに、ラモギを加えて淡い色にしたロゼワインや、ブレイユ村でも飲んだエールなどもあった。


 一部でサーペント酒が振る舞われていたりもする。

 あれは、ペータさんとカナートさんが持って来ていた物だろう。

 飲んだ人は、今夜ちゃんと寝られればいいけど……。


「ふふふ……」

「どうしたの?」


 皆の様子を見ていたクレアが、急に笑い声を漏らした。

 クレアを見ると、口に手を当てつつも楽しそうにな表情だ。


「すみません。なんだか、不思議な感じがして……薬草園、始まるんですね。短かったような、長かったような……」

「確かに……色々あったからね。リーザとかラーレとか……」


 ユートさんと会ったのもそうか。

 今思うと薬草園を作ると決まってから、数カ月くらいで短かったと思えるけど……クレアが言っている通り、長くかかったとも思えてしまうので不思議だ。

 大変だったと思う事が少ないのは、レオやクレア、屋敷の使用人さんがいてくれたおかげだろうな――。


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