第1152話 従魔契約の話を聞きました



「興味のある人を集めて、ヴォルターさんが話し始めました。一応、タクミ様やクレアお嬢様が来られるまでの間と言っていましたが……止めましょうか?」

「いえ、盛り上がっているようですし大丈夫ですよ。まだクレアも来ていませんし」


 なんとなく聞こえて来る内容で、ヴォルターさんはちゃんと俺や他の人からの意見を取り入れた内容になっているのを確認。

 アルフレットさんから止めるかと聞かれてるけど、首を振ってそのままにしておく事にした。

 今回はフェンリルが活躍する話だな……確か元にした話は、侵攻する際に邪魔な森を焼こうとした国側の軍隊が、その森にいたフェンリルの群れによって壊滅させられるという、かなり昔の実話らしい。

 大分マイルドになっていて、森に迷い込んだ人間がフェンリルと仲良くなり、その人物を追いかけてきた悪い人間達をフェンリルが追い払うという、原形がなくなっている気がしなくもない内容だけど。


 少し、初代当主様であるジョセフィーヌさんの話が混じっているようにも感じるかな。

 フェンリルと仲良くなった人間がメインの話で、フェンリルの可愛さが強調されているので、あれでどうやって恐怖を刻み込めるかは疑問だ。

 まぁ、フェンリルが戦う場面ではヴォルターさんが特に力を入れて語っているようなので、そこでなんだろうけど。


「ヴォルグラウ、従魔のウルフですか……発見した経緯や怪我をしていた事などは、ライラさん達から聞きました」


 ヴォルターさんの事はともかく、ヴォルグラウの話。

 セバスチャンさんの言葉に、アルフレットさんも頷く。

 俺が来るまでに、大まかに事情の説明は終わっていたようだ。

 どうでもいいけど、ヴォルグラウとヴォルターさんって、名前がにているなぁ……偶然だろうけど。


「従魔の主人から、というのはここの光景を見ているととても信じられませんが……そういう事も起きているのでしょうね」

「そうですね……」


 アルフレットさんが呟きながら見ているのは、裏庭の光景……主にレオ達が集まっている場所だ。

 シェリーとラーレ以外、従魔はいないがそれでもフェンリルやコカトリスの子供と、仲良く平和に笑い合っている光景に慣れていると、ヴォルグラウの事は信じがたい事のようにも思える。

 けど、日本でも犬や猫の可愛くて平和な姿が見られる裏には、必ず虐げられている動物がいる。


 さすがに、国や場所での文化だったり肉を食べるのが……とかまでどうこう言うつもりはないけど、虐待は絶対に違うし、やってはいけない事だ。

 レオも、出会った時は冷たい雨に打たれて弱り、それでも必死に生きようと助けを求めていたからな……。


「セバスチャンさん、従魔とその主人の契約を破棄する……なんて事はできるんですか?」

「従魔契約。私は詳しくありませんが、お互いが了承しているはずなので、簡単には破棄する事はできそうにありませんが……」

「理由はわからずとも、従魔を虐げる主人からは遠ざけるのが一番でしょうからな。ふむ……あるにはあります」


 ヴォルグラウもそうだけど、もし他にも虐待されている従魔がいるのだとしたら、従魔契約を解消させて引き離すのが一番だろう。

 主人側が反省して改める事が絶対ないとは言わないけど……難しいとは思う。

 俺とアルフレットさんの視線を受け、頷くセバスチャンさん。

 だけどその表情からは、簡単な方法ではない事が窺える。


「そもそも従魔契約は、魔物が契約主に危害を加えないという主人側に有利な契約です」

「はい……」

「これがどうしてできたのか、どうやって魔物とそのような契約をする事ができるのかはわかっておりません。ともあれ、これは互いの了承があってこそ成約できます。ただ力で魔物をねじ伏せるだけでは、了承が得られない可能性もあります」


 人間を襲う魔物が相手だった場合、おとなしくしてもらうために戦う必要がある……ってのは以前に聞いた事がある。

 あの時は確か、ティルラちゃんが従魔を得たいからそのための手段として、剣を習いたいと言っていた時だったか。

 結局、戦う必要もなくラーレが来たんだけど。

 あと、オークやトロルドなどの知能というか理性のない魔物は、基本的に従魔にする事ができないらしい。


 ブレイユ村で狩りをした時にいたアウズフムラは、一応可能だそうだが雌が対象なのだとか。

 気性が穏やかなアウズフムラの雌は、地球で言う乳牛として活躍するため家畜化するにあたって、従魔契約をしているとか。

 アウズフムラの雄は不可能らしいけど。


「そして、契約を成すのに互いの了承が必要なのであれば、破棄をするのにも互いの了承が必要だという事です」

「お互いが了承すれば、従魔契約は破棄できるんですね」

「はい。ですが……ヴォルグラウを従魔にした主人が、破棄に応じるかどうか。それに、ヴォルグラウ自身がどう考えるかですな」

「……これまで、小さな怪我をさせられても、従っていたからそれなりに懐いてはいたんでしょうね」


 今回大きな怪我をさせられていたヴォルグラウは、それでも俺達が事情を聞いた時に主人の事を嫌っているような事は言わなかった。

 あった事をただ事実として話したくらいで……悲しそうな、切ない鳴き声は出していたが。

 ヴォルグラウの主人が、生きていたヴォルグラウを見て従魔契約の破棄を了承するかはわからない。

 それと、ヴォルグラウ自身がどう考えているかだな……。


 というか、ヴォルグラウに対して訓練と称して色々やった主人とやらは、危害を加えられない制約の従魔契約があったから、ヴォルグラウが全力で戦えなかったんじゃないか?

 まぁウルフを従魔にできた時点で、それなりの実力者ではあるんだろうけど。


「ちょっと……難しいかもしれませんね」


 主人の方は、捕まえて破棄する事に同意させる事はできるかもしれない。

 あんまり使いたくはないし、クレア達も気は進まないだろうけど、公爵家というだけでそれくらいの権力はあると思う。

 ただヴォルグラウの方がなぁ……レオが言えば、渋々だろうと従ってくれるだろう。

 けど、虐げられていた側のヴォルグラウに強制をするのは、あまりしたくはない。


「……一つだけ、他にも方法があります」


 眉根を寄せる俺やアルフレットさんに対し、セバスチャンさんが思案気な、記憶を思い起こすような表情で呟いた――。



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