第1138話 耳付きスリッパを楽しみにしているようでした



「ワフ……ワフゥ?」

「どうした、レオ?」

「ワフ、ワフ」

「そうか? まぁ、何もないんだったらいいけど」


 俺達……というかティルラちゃんを見て、首を傾げるレオ。

 どうしたのかと聞いてみると、なんでもないと首を振るだけだった……ちょっと不思議だったが、まぁ、何もおかしなことがないのであれば気にする程でもないか――。



 昼食にソーセージをたらふく食べて、満足気なレオ。

 何度か屋台とカフェを往復してくれたライラさん達には、ちょっと申し訳なかったかな……代わろうかとか、俺も一緒に、と提案するとお任せ下さいとしか言われなかったので、任せっきりになってしまったけど。

 ともあれ、昼食を済まして今度はハルトンさんの仕立て屋さんへ。

 雑貨屋へ行った皆はまだまだ時間がかかるだろうし、暇つぶしというわけじゃないけど、スリッパの進捗を聞きにだな。


 一応、スリッパその物は完成していると屋敷に連絡が来ていたし、いい機会だから見に行くとこちらからも連絡しておいた。

 あれから、何度か作った滑り止め用のゴムも送っているし、大体の形も決まっていたから、大きくは変わらないだろうけど。

 でも、俺からの発案になっている以上、ちゃんと責任を持って監督させてもらわないと……発案料も出るみたいだし、ハルトンさん達に損をさせたくはない。

 ……もし全然売れなくても、雇う人達が使ってくれる分を買うようにすれば、大きな損失は出ないとは思うけど。


「どんな物ができているのか、楽しみねリーザちゃん?」

「うん! パパの持っていたの、可愛かったからリーザも楽しみ!」

「私も楽しみですよ! 絶対買います!」


 本当に楽しみにしているようで、クレアやリーザ、ティルラちゃんはニコニコしている。

 ライラさんやエルミーネさんもだな……フィリップさん達は、それほどでもないけど。

 まぁ、護衛さん達はその職務上、日頃からスリッパを履いているわけにはいかないからな、休みの時なら別だけど。


「ははは、販売開始はもう少し後だと思うけど……ティルラちゃん達も買えば、ハルトンさん達も喜ぶだろうね」


 むしろ、ランジ村にいる俺達とティルラちゃんのいる公爵家別荘の屋敷の人達が買えば、それだけで利益が見込めそうだなぁ。

 屋内外でそれぞれ分けて、さらに全員買うとしたらそれだけで数百は必要だし。


「あ、そうだ……」

「リーザ?」

「んしょ。えへへ……」

「成る程、そういう事か。本当にお気に入りだなぁ」

「パパが買ってくれたからだよ。これで、パパが考えて作ったスリッパ? と一緒~」


 歩きながらリーザが荷物を探って取り出したのは、耳付き帽子……お気に入りだから、被っていない時も常に持ち歩いている物だ。

 買った時はここまで気に入ってくれるとはおもっていなかったけど、リーザの笑顔を見ていると買って良かったと素直に思う。

 スリッパの方は、ハルトンさんが以前持ってきた試作スリッパには耳が付いていたから、それを覚えていたんだろう。

 ラクトスではもう隠す必要はなくなっているし、尻尾は出したままだ。


 行き交う人達も耳付き帽子を被っているのもあって、自然と街に溶け込んだようにも感じる。

 リーザに奇異の視線を向ける人はいなさそうだ……まぁ、目立つレオに人の目が集中しているのもあるんだろうけども。


「あーリーザちゃんいいなぁ。私の、屋敷に置いて来ちゃった……」


 羨ましがるティルラちゃんは、帽子を屋敷に忘れてきたらしい。

 今日の一番の目的は顔合わせだから、持ってきてなくて当然ではあるんだが……。


「ティルラは我慢ね、ふふふ。――リーザちゃん、私もお揃いよ?」

「わー、クレアお姉ちゃんも一緒ー!」

「ぶぅ……姉様ズルいです」


 いつの間に取り出したのか……いや、エルミーネさんが持っていたのか。

 クレアが耳付き帽子を被って、リーザに微笑みかける。

 喜ぶリーザと、膨れるティルラちゃん。

 クレアはいつもと違って髪をアップにしているせいか、少し不格好にはなっているが……本人は気にしていないみたいだ。


「……クレアは、持ってきていたんだね。って、エルミーネさん?」

「これも、タクミ様からもらった物として、大事になさっているのですよ」


 スッと横に来て教えてくれるエルミーネさん。

 リーザと近い理由で大事にしてくれているのか、嬉しいな。


「ちょっとエルミーネ、余計な事は言わないで!」

「うん、大事にしてくれて嬉しい」


 頬をほんのり赤くしながら、恥ずかしそうにエルミーネさんに注意するクレアだけど……余計な事とは思わない。

 プレゼントした物が、ちゃんと大事にされているのを見れば嬉しいと思うのは当然の事だ。


「う、はい……」


 笑いかけながら素直な気持ちを伝えると、俯いて首まで真っ赤になるクレア。

 なんだろうな……普段と違うからってのもあるんだろうけど、なんとなくいつも以上にクレアから目が離せない。

 歩きながらだから、よそ見をするのは危険だとわかっているんだけど。


「クレア、お……」

「到着です、タクミさん!」

「着いたー!」

「ワフ!」

「「!?」」


 何を言おうとしているのか、自分でも定まっていないながらもクレアの横を歩きつつ名前を呼び……だが続く言葉はリーザ達に遮られ、俯いていたクレアと同時にハッとなる。

 気付けばハルトンさんの仕立て屋、その入り口前。

 目立つレオを通りすがりの人が見て、周囲にはライラさんやエルミーネさん、フィリップさん達もいる中で、俺は何を言おうとしていたのか……。

 最近、時折歯止めが効かなくなるようなときがあるな。


 言わなければいけない事は、なんとなく自分の中ではっきりしているけど、さすがに今じゃない。

 成り行き任せ、道端で突然なんてのは嫌だから。

 ……クレア自身はわからないけど、意外と見ている周囲の人達は歓迎してくれそうなのもまた、今じゃない感じもするんだけども。


「んんっ! よし、中に入ってハルトンさんと話しだな、うん!」

「そ、そうですね。行きましょう!」

「「はぁ……」」


 クレアも思うところがあったのか、お互い妙に大きな声を出しながら、ハルトンさんの仕立て屋へと入る。

 その間際、ライラさんとエルミーネさんが顔を見合わせ、何やら苦笑いで溜め息を吐いていたような気がした――。



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