第1135話 狙いは皆の恐怖心を緩和させるためでした


 

「ちょ、ちょっと……」

「ほら、まずはレオが相手だ。……リーザも見ているぞ?」

「うっ……」

「ワッフ」


 戸惑う男の子の背中を押しつつ、リーザの事を話すと言葉に詰まっていた。

 デリアさんと一緒だけど、俺やレオが何を始めるのかって興味で見ているだけで、リーザ自身にこの男の子への関心はなさそうだが……そこは格好いいところを見せれば、ワンチャンってとこかな?

 レオはどこからでもかかって来い、と言わんばかりに鳴くが……まぁ、お座りの体勢だ。

 冗談でもなんでもなく、ほとんど遊びだからそんなものだろう。


「……頑張れー」

「えっと……頑張ってー!」


 リーザに目配せ……してもわかってくれなさそうなので、デリアさんと視線を合わせると、頷いてリーザに耳打ち。

 俺が男の子を応援するのに続いて、リーザも声援を送る。

 言った本人はよくわかっていないみたいだけど、これで男の子もやる気になってくれるだろう。


「っ! たぁー!」

「ワフ~」


 俺の声よりも、リーザの声が一番効果があったようで、木の棒を持ってレオに向かう男の子。

 大体の場合、不慣れだと大きく振り上げるかな? と思っていたら、意外にも下から掬い上げるように木の棒を振る男の子……逆袈裟!?

 適当に焚きつけた感があるけど、実はこの男の子剣の才能があるかもしれない。

 とはいえ、例え本当に剣の才能があろうと、天才だったとしてもレオに敵うはずはなく……鼻歌を歌うような鳴き声で軽くあしらわれる。


 前足で受け止められたり、スッと横に動いて避けられたりなどなど……めげずに何度もレオに向かう男の子の根性は凄いと思うけど、なすすべもない様子だった。

 まぁわかっていた事なんだけど。


「さてさて……?」


 男の子とレオが戦う……むしろ遊ぶ……いや、じゃれ合いとも取れる様子から視線を逸らし、集まっている人達の方を窺う。

 大体は、レオに木の棒とはいえ果敢に向かっているのを、驚いたり心配そうにしている人が多かったけど、中には微笑ましいものを見る様子な人も出て来ている。

 レオが本気で相手にしていないって、わかっているんだろうな……まぁ、レオ自身が怒る気配は微塵もなく、むしろ楽しそうだからってのもあるんだろうけど。


「うわ! ちょ、ま……ぎゃははははははは!!」

「ワフ、ワフワフ……」

「ふ、まだまだだな……ってとこか? それにしても器用に尻尾を使うもんだなー」


 何度かレオに挑戦した男の子、最終的にレオの尻尾に木の棒を絡め捕られて捨てられて、前足を使って男の子をくすぐり始めた。

 前の時と変わらず、同じ結果ってとこだな……レオは、くすぐる男の子が悶えて笑い声を出すのを見ながら、何やら渋い表情をしていたけど。

 男の子の方はこんなものだろう……さて、あちらは……?


「子供が襲って来ていたのに、意にも介さないとは……」

「シルバーフェンリルならば、人間の子供くらい簡単にあしらえるのもわかる」

「それは当然の事だろうな。だがあれは、武器を向けられても怒っていないという事の方が、重要かもしれないぞ?」

「レオ様、でしたか。あぁして子供と遊んで……遊んでいるんですよね? あれを見ていると、恐ろしい魔物には見えませんね」

「えぇ、私もそう見えるわ。エメラダさんが撫でるのも受け入れていたし、もしかして?」

「もし触れられるのなら、怒られてもむしろ本望か? シルバーフェンリルに触れる事ができたなんて、末代までの自慢になる」

「……この様子を見るまでは、その自慢も命が残っていればと言っていたと思うわ。でも……」


 今までレオを見て固まったり過剰な緊張をしていたりした人達が、レオと男の子の様子を見て少しは危険がないのかもと考えている。

 狙い通り……と、ニヤリとしてみる。

 合流する前に子供達は既に群がっていたんだろうけど、実際に皆は見ていないからな。

 子供相手に無害な事を示せば、皆の態度も軟化するというか……恐怖心を減らせるんじゃないかなと。


 リーザを気にしている様子の男の子に対して、本気で壁として立ちはだかろうとしているなんて、大人げない事ばかりを考えていたわけじゃない……ホントダヨ。

 まだまだリーザも男の子も十歳にも満たないし、そういった父親的なことは二人が大人になってからだ。

 数年から十年……それくらい経てば、俺ももっと剣の鍛錬をして障害として立ちはだかれるからな……うむ。


「そういえば、以前シルバーフェンリルを撫でさせてもらったって、言っていた人もいたような……」

「おぉ、俺も聞いた事があるぞ」


 私も、僕も、俺も……と、ラクトスに住んでいる人や、何度も来た事のあるらしき人を中心に次々と声が上がる。

 エメラダさんと初めて会った時の事だな。

 結構な人数がレオを撫でていたから、話を聞いている人がいてもおかしくないし、そのおかげで一部とはいえラクトスにいる人達にレオが受け入れられたようだからなぁ。


「おおう……皆、意外と積極的だ。ちょっと予想外だったかな」

「エメラダさんが先導……扇動? しているみたいですからね。ちょっと懐かしくも感じる光景です」


 興味を持った人は、レオが安全な事を確かめるためにも撫でてみますか? と俺が声を掛けたのをきっかけにするように、子供も大人も関係なくレオへと群がった。

 アルフレットさん達が積極的に列整理をしてくれて、初めてラクトスにきた日の再現。

 俺の隣に来たクレアも、その後ろにいるセバスチャンさんも懐かしそうに眼を細めている。


 何故か、中心のレオの近く……前回は俺がいた場所で、エメラダさんがいてレオを撫でる事の素晴らしさを説いていたりもするけど……あの人、クレアに憧れているんじゃなかったっけ?

 まさか、レオを撫でたいがために応募してきたわけではないと思いたい。


「そうだね。あの時と違うのは、列整理をしている使用人さんが多いって事くらいかな……って、リーザとデリアさんも並んでいるし……」


 さらに列の途中には、皆に混じってデリアさんがリーザと手を繋いで一緒に並んでいたりもする。

 ……二人は、並ばなくても撫でる機会はいくらでもあるだろうに。

 まぁ、手を繋いでいる様子が母娘や姉妹のように見えて微笑ましいし、リーザも嬉しそうに尻尾を振っているから、そのままにしておこう。

 ちなみに、リーザの大きな尻尾が振られていると後ろに並んでいる人の邪魔にならないか? と思ったけど、そこにはチタさんが並んで全身でリーザの尻尾を堪能していた。

 列整理する使用人さん枠のはずなのにいつの間に……。


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