第1126話 こちらの礼はちょっと風変わりでした



「タクミ様、御起立をお願いします」

「あ、はい」

「クレアお嬢様や、私達を見て真似をして下さればよろしいので」

「……わかりました」


 アルフレットさんから、小さな声で言われて立ち上がる。

 ある程度の流れは教えられているんだけど、作法などはわからない部分が多い。

 確かこれから、全員で一斉に礼をするんだったか……礼の仕方も一応教えてもらったけど、不十分な部分があるので、ライラさんが言うように皆を見て参考にさせてもらおう。

 作法などは、アルフレットさん達に少しづつ教えてもらっているとこだけど、今のところ覚えが芳しくないのは別の文化で育ったからと言い訳をしておきたい。


「我らが王国旗に礼!」


 セバスチャンさんとアルフレットさんの二人が、左右にあった国旗を持ち、俺とクレアの間に立つ。

 エルミーネさんが全体に声をかけ、全員でその国旗に対して礼をする。

 礼の仕方としては、女性は片足を斜め後ろに下げて頭を下げると同時に、両手でスカートの左右を持ち上げる礼で、スカートじゃない女性はもち上げるフリだけだ……これは女性用だから、俺の参考にはならないな。

 男性用はアルフレットさんとセバスチャンさんを見よう。


 そちらは、左膝を立てて右膝を床につけて頭を垂れ、右手は手の平を上に向けて、折り曲げた体の前へ。

 左手は同じく手の平を上に向けて腕をピンと後ろに伸ばす……独特な礼の仕方だ。

 騎士が臣従の礼をするのに近いけど、ちょっと違う……左手を後ろに伸ばすところとか、ちょっとシュールだ。

 これらは女性も男性も、私は頭を垂れた相手……この場合は国旗だから国に対して、反意はなく臣従を誓うという形。

 手の平を上に向ける男性の礼も、スカートを持ち上げる仕草も、武器を持っていない事を示しているのだとか。


 クレアと初めて会った時も同じような礼をされたけど、そちらは少し足の位置やスカートを持ち上げる角度、下げる頭の角度が違うらしい。

 何度も実践して見せてもらったけど、かろうじてなんとなく頭の位置が違うかな? くらいにしか違いがわからなかった。

 そんな細かい違いで意味合いが変わるなんて、やっぱり貴族は大変だ。

 ちなみにクレアが最初にした礼は、感謝と敬意を示す礼だとか。


「直れ。……次に、公爵旗に礼!」


 セバスチャンさんの言葉で、皆が頭を上げる。

 続いて、セバスチャンさんとアルフレットさんが国旗を元あった場所に戻し、今度は公爵家の貴族旗を持って中央に、そして号令で皆が一斉に動く。

 こちらは、男女変わらず全員が足を揃えて右手を前に、左手を後ろに持って行き、恭しく体を曲げて頭を下げる……執事さんがよくする礼に似ているな。

 ただ、この時も絶対手を握るのは禁止で、できるだけ手の平を外側に向けるのだとか。

 それぞれ、俺が知っている礼と同じようでいて、微妙に違う……しかも、イメージとして執事さんがしそうな礼なだけに、女性も同じようにしているにちょっとだけ戸惑う。


 クレアを見て参考にしたけど……単純な礼なのに、俺の方は何か微妙に違う気がするんだよなぁ。

 でもとりあえず、無難にはできたと思う。

 こういった礼は、一応国民であれば誰もが習う事みたいだけど、場所によって教育の差があったりもするため、入場する前に屋敷から来た使用人さんが教えているらしい。

 まぁ、礼を間違えて恥をかいたり、失礼な事をしてしまわないようにという気遣いだろう。


 ちょっと教えて上手くいくなら、そちらの方がお互い気持ち良く過ごせるからな。

 ちなみにニックは開始直前まで近くにいたジェーンさん達が教えていたんだけど、ちょっとおたおたしているようだった。

 結局、周囲をキョロキョロと見て真似をする事にしたらしい……俺と同じだな。


「では皆様、御着席願います」


 セバスチャンさんの言葉で、皆が椅子に座る……俺やクレアも同様だ。

 旗を持っていたセバスチャンさんとアルフレットさんは、元の場所に戻した後、俺やクレアの横に立って再び待機。


「……うん?」

「タクミ様、どうかされましたか?」

「いえ……」


 二人ほど、椅子に座るだけなのにもたつく人がいた。

 そちらを見る俺に、ライラさんが小さく声をかけて来るけど、とりあえずは気にしないようにして首を振っておく。

 成る程、あの人達がそうなのか……前回の面談では来なかったので、二人を見るのは初めてだけど書類には事情なども書かれていたので知っている。

 選んだのも、俺だからな。


「クレアお嬢様」

「えぇ。……んんっ! 私は公爵家当主の娘、クレア・リーベルト……」


 全員が椅子に座った頃合いを見計らって、クレアがもう一度立ち上がる。

 一応今回は俺が雇う人員との顔合わせなんだけど、この場を取り仕切る者、一番地位の高い人物としてクレアが挨拶。

 咳払いした後、凛とした雰囲気を纏わせながら部屋にいる人達に話し掛けるクレアは、さすが慣れているといった感じだ。

 俺も、緊張はしているけどおたおたしないように気を付けよう。


「では次に、薬草園の主となるお方……」

「はい。えー……」


 日本人の性なのだろうか? こういう時、大勢の人に向かってしゃべる時ついつい「えー」と挟んでしまう。

 学校の全校集会とか、会社の全社集会とかでお偉いさんが話し始める時に、よく聞いていたからかもしれないな。


「タクミです。ランジ村で行う薬草園、その運営などを任されています」


 とりあえず、集まった人たちは何をやるのかなどの事は事前に報せているし、面談に来た人もいる。

 ここは簡単に自己紹介をして終わらせた。

 レオの事とか、色々説明する事は多いけど……まずは全員の紹介を終えてからだな。


「アルフレットと申します。タクミ様に雇われた使用人として、執事長を務めさせて頂く事になりました」

「同じく、使用人のメイド長となります、ライラと申します」


 続いてアルフレットさんとライラさん。

 セバスチャンさん達は、クレアの使用人なので今回は省略らしい。

 さらに、キースさんやジェーンさん達使用人さんがそれぞれ自己紹介。


「ち、調合管理兼使用人のミリナです。作られた薬草の一部を、薬として調合します。あ、そ、それから、タクミ様の使用人も兼任します」


 ミリナちゃんは作った薬草を薬に調合したり、余裕のある時は使用人も兼任するとの紹介を無難に済ませた……かなり緊張して、カチコチになっていたけど――。



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