第1125話 雇用する予定の人達が入場しました



「お父様はいませんが、公爵家が関わっている事。そしてこの場を正式な場として証明するものですね」

「思っていた以上に、大事になっているんだなぁ」


 国とか公爵家とか、何か重い物を背負った気分。

 クレアが共同で運営し、エッケンハルトさんから任される薬草畑なんだから、大事になるのは当然と言えば当然なんだけど。

 薬草の担う重要性なども考えると、尚更か。


「タクミ様、クレアお嬢様、そろそろお時間です。こちらに……」

「あ、はい。わかりました」

「わかったわ」


 アルフレットさんに促され、俺とクレアは予想していた通り執務机に備えられている、豪奢な椅子に座らされる。

 入り口から見て、右が俺で左がクレアだ。

 椅子の座り心地はいいんだけど、落ち着かないのは俺が庶民だからか……今更言っても仕方ない事だけど。

 クレアはさすがに慣れているのか、特に居心地の悪そうな様子は見られない……どころか、いつもより凛とした雰囲気を醸し出していた。

 ドレスを着ているからとかだけでなく、クレア自身が意識して公爵令嬢としての雰囲気を醸し出しているんだろうと思う。


 これが貴族としてのクレアか……普段の身分差などは全く気にしない、気安い雰囲気は感じなくなっている。

 なんというか、光り輝いているようにすら見えてくるな……いや、窓から差し込む光が、クレアの綺麗な金髪に反射しているせいかもしれないけど。


「私達はこちらですよ、ニックさん」

「へい、姐さん! アニキ、何がどうなっているのかよくわかりやせんが、頑張ってください!」

「あぁ……まぁ、頑張るのはニックも同じなんだけどな」


 ジェーンさんに連れられ、ニックの方は雇われる人達向けの椅子へ。

 顔合わせという事はわかっても、こういった場はよくわからない様子のニック……。

 とりあえず軽く手を振っておいた。


 大会議場の配置、窓を背に俺とクレアが机を並べて座り、左右には旗が二つそれぞれ立っている。

 さらに、座った俺にアルフレットさんとライラさんが左右に立って待機……これは、執事長とメイド長としてだろう。

 いつの間にか、クレアの横にはセバスチャンさんとエルミーネさんが立っていた。

 さらに部屋の入り口には屋敷の使用人さん数名、フィリップさん達護衛は部屋の隅でソルダンさんと一緒にいる。


 そして、会場の真ん中には今回呼んだ人達が座るための椅子……ただ並べてあるだけでなく、役割ごとに少し隙間があって、それぞれで固まるようにできているみたいだ。

 入り口から右側、俺から見て左側の近い場所にはキースさんやジェーンさんを始めとした、使用人さん達が座る。

 ゲルダさんもそこにいる……多分、デリアさんもあっちだろう。

 俺から見て右側、一番離れた場所の方にはミリナちゃんがいて、あちらは薬の調合関係の人や管理職関係の人達が座る場所。


 そして、真ん中は薬草畑で働く人達……つまり畑仕事を担ってくれる人達だな、中央にペータさんが座る事になっている。

 まだ使用人さん達くらいしかいないのに、皆が座る場所がわかるのは、椅子に座った俺にそっとアルフレットさんが置いた書類を見たからだ。

 今回集めた雇用者のリストと一緒に、どこに誰が座るかの場所も決めてあるらしく、図として書かれていた……アルフレットさんが書いてくれていたんだろう、ありがとうございます。


「では、そろそろ皆さんを呼びましょう。お待たせしすぎるのも悪いですからな」

「そうね」

「私なら、緊張しすぎてどうにかなりそうです。――タクミ様、よろしいですか?」

「あ、はい。お願いします」


 セバスチャンさんが確認し、クレアが頷く。

 アルフレットさんもその言葉で頷き、ちょっとだけ情けない事を言う……多分、場を和ませるためだろう。

 確かに、貴族のご令嬢が待っているとわかっている場所にこれから行く際、待たされ過ぎたら緊張も高まり過ぎてしまうか。

 こちらも、半分くらいはアルフレットさんの冗談なんだろうけど。


「では……」


 入り口付近で待機していた屋敷の使用人さんが頷き、数人が待機している人達を呼ぶため外に出る。

 こういう場合、先に集まっている人達に対して俺やクレアが後に入場するもの、というのが俺のイメージだったんだけど、こちらでは違うようだ。

 程なくして、部屋の外から大勢の足音が聞こえてきた。


「失礼いたします。薬草園雇用予定の方々をお連れ致しました」


 薬草園雇用予定、そう呼ぶのが正しいのか……デリアさんも混じっているけど、ほとんどが薬草畑……じゃない薬草園で働く人ばかりだからだろう。

 予定となっているけど、もし今回の顔見せで辞退されたり、問題がなければほぼ本決まりと言っていい。


「し、失礼します!」

「……な、なんで俺達が先頭なんだ? 俺なんて、挨拶に来ただけなのに……」

「それだけ、ワシやデリアが期待されているという事じゃろ? ほれ、さっさと歩かんと後がつかえとるぞ」


 使用人さんに続いて、デリアさんを先頭にカナートさん、ペータさんが入って来る。

 デリアさんは、耳付き帽子を被っておらず尻尾も出したまま……緊張しているからだろう、両方ピンと上に向かって伸びている。

 続くカナートさんとペータさんは、小声で何やら言い合っている。


 ブレイユ村組が先頭にいる事に対してなのは、こういう場で緊張しているからだろうな。

 部屋の中にいる人が身じろぎすらせず、静まり返っているので聞こえてしまっているんだけど。

 クレア達も使用人さん達も、特に気にした様子はないので俺は苦笑するだけにしておいた。


「し、失礼します……」

「……っ!」

「あわわわわわ……」


 続いて他の人達もゾロゾロと入って来る。

 一言失礼しますと言う人もいれば、俺やクレア……主にクレアの方を見て絶句する人。

 緊張からか、言葉にならない声を漏らしている人だけでなく、飾られている旗を見て目を見開いている人など様々だ。

 ……成る程、先に部屋で待っていた方がこういった一人一人の反応とかが見られるのか。


 後から、待機している皆がいる場所に入場したんじゃ、こういった新鮮な反応は見られないだろう。

 セバスチャンさん辺りは楽しんでいそうだけど、こういう部分を見るのもどんな人達なのかを見る、重要な判断材料なのかもしれない。

 緊張感漂う室内は、集団面接に近い気がするな……ほとんど本決まりの状態から面接ってのも、おかしな話だけど。


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