第1091話 魔法は禁止なので叱られていました



「レ、レオ様? シェリーが、もしかしたら怪我をしているかも……!!」

「ワフ、ワフ。ワフー」

「クレア、レオがシェリーの方を見てって言っているみたいだよ?」

「え……?」


 シェリーが飛ばされるのを見て、気が動転しているんだろう……慌てた様子のクレアはレオの頬を両手で押してどけようとしているが、ビクともしない。

 押されながらも、器用に首を軽く振ったレオは、視線と鳴き声でシェリーの方を示した。

 さすがに伝わっていないようだったので、俺が代わりにレオが言っている事も伝えさせてもらったけど。


「キュゥ……キャゥー」

「シェリーが立ったぁ!」


 いやリーザ、そんな長年車椅子生活をしていた少女が、立ち上がった時みたいに感動的な声を上げなくても……。


「あ、シェリー。大丈夫なのですね……」

「ワフ。ワフーワフワフ」

「尻尾で弾いただけだから、怪我らしい怪我もしないってレオは言っているよ」


 リーザはともかく、シェリーが立ちあがる様子を見て落ち着きを取り戻すクレア。

 あれくらいでは怪我をしないと言うように、クレアに鼻先を近付けて鳴くレオ。

 まぁ、尻尾のように柔らかい毛に包まれた物で弾かれただけだから、衝撃はあっても大きな怪我はしなさそうだからな……オークに弾かれた時や、リルルの前足にはたかれた時の方が、痛いはずだし。

 ……リルルの前足、肉球で弾いたら柔らかいから尻尾と変わらないか?


「はぁ……良かったです」

「ワフ、ワフワフ」

「まぁ、派手に飛ばされたから心配する気持ちもわかるけどね。えーと、レオが言うには魔法を使ったから、ちょっとお仕置きをしたみたい」


 ホッと息を吐くクレアは、落ち着くためか止めてくれたお礼を伝えるためか、レオを撫でる。

 気持ち良さそうにしながらも、鳴いて先程の事を伝えるレオ。

 魔法禁止は、フェリーとフェンに対して周囲の影響を減らす目的だったけど、シェリーとリルルの方でも有効だ。

 一応、リルルがやり過ぎないためでもある。


 シェリーはまだフェン達程の魔法を使えないみたいだから、リルルにとっては大した事はないんだろうけど、それでもルールを守らなかったから怒ったってところだろう。

 群れで暮らす種族としては、ルールを守れるかどうかってのは大事だからな。


「ガウゥ、ガウガウゥ、ガウゥ!!」

「キャゥゥ……」

「魔法は使っちゃ駄目でしょ! 反省しなさい! だってー」

「ははは、そのまま母親に叱られる子供って感じだなぁ」

「いつも一緒にいるので、フェンリルという事を忘れそうになりますけど……やっぱりフェンリルは強い魔物なのですね……」


 立ち上がったシェリーに近付き、頭上から何度も吠えるリルル。

 シェリーは項垂れてしまったな……リーザが通訳してくれると、本当に母親が叱っている内容そのままだった。

 苦笑する俺に、シェリーの方を見て認識を新たにするクレア。

 いつも屋敷で甘えたり、遊んでいるシェリーを見ていると、確かにフェンリルではなくただ飼われている犬にしか見えないからなぁ……そう思うのも無理はないのかもしれない。


「……ガウゥ。ガウゥ!」

「キャウ!」

「お、仕切り直しか。今度は魔法を使うなってとこかな?」

「そうですよね、リルルはシェリーの母親ですから、大きな怪我を負わせるような事をしませんよね」


 シェリーが反省する様子を見て、リルルがゆっくりと離れてまた対峙する。

 その様子を見守る俺やレオ達とは別に、クレアは安心したような、納得したような事を呟いていた。

 多分、これまで保護者的な視点で見ていたのが、リルルがいる事で変わったのかもしれないな――。



 シェリーとリルルが戦闘訓練みたいな事をした後、フェリーとフェンの勝者予想に賭けた分を、セバスチャンさんが分配し、屋敷へ戻る……と思ったんだけど、まだもう少しかかりそうだった。

 ちなみに、シェリーはほぼ飛び掛かっては弾かれての繰り返しで、最後の最後、甘噛みのように口で咥えてシェリーを捉まえたリルルが、そのまま顔を振り回して遠心力を加えて遠くへ投げ飛ばして終了した。

 咥えて投げるのは、咬み付いた相手を痛めつつ、別の相手にぶつけるためだとか……という狩りの手法みたいな事を、リーザの通訳でフェリーから聞いた。


「うーん、派手にやったなぁ……」

「グルゥ……」

「ガウ……」


 周囲を見渡して呟く俺に、項垂れてしょんぼりした様子で鳴くフェリーとフェン。


「ガウゥ!」

「グルッ!」

「ガウッ!」


 リルルの一声で、体をシャキッとさせたフェリーとフェンが、作業に戻って行く。

 すぐに屋敷へ戻れない理由……それは、フェリーとフェンが戦った後の片付けだ。

 道具を使ったとかではないが、穴が空いたりしていたからなぁ……埋めたりしとかないと、誰かが来たら足がハマったり、馬の足が取られたりして大変だ。

 とはいえ、俺達の方も何か道具を持って来ているわけではないので、主にフェンリル達が足を使って埋めている。


「ワフ~ワッフ~」

「ご機嫌なのはレオだけか」


 リーザとティルラちゃんは、土遊びするついでのようだし、レオも同様で楽しそうにやっているけど。

 あー……これは屋敷に戻ったら、リーザやティルラちゃんも順番に風呂に入らないといけないかな。

 シェリーも、何度も何度も弾かれていたから、随分汚れているようだし。

 あと、フェンリル達の戦闘後の感想としては、フェリー達による空中での方向転換といい、シェリーもあれだけ飛ばされて怪我一つないのには、フェンリルって凄いなぁとしか感想が沸いて来ない。


 というか、凄い以外に言える事がない。

 あれで、シルバーフェンリルのレオから見たら、雑魚と言い切れるのだから……シルバーフェンリルってどれだけなのかと。

 考えていてもわからないだけなので、すぐに思考を打ち切って、俺もフェリー達を手伝おうと穴埋めに参加した――。



「凄い、この一言しかありませんね。レオ様だけでなく、フェンリル達に敵うと思う事こそ人間の驕りと言えます」

「そんなに、ですか……私も見たかったような、見なくて良かったような……」


 掘り返したような感じにはなったけど、一応フェリー達の戦闘跡を整え終えて、屋敷に戻る。

 俺達と一緒にフェンリル同士の戦いを見ていた使用人さんや、アルフレットさん達は、見ていない人達にその時の様子を伝えているようだけど……結局俺と同じような感想だった。

 まぁ、凄すぎて言葉にはできないですよねー、途中からほとんど目で追えなかったし。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る