第1080話 ラクトスを離れて屋敷に戻りました



「降ろしてくれぇぇぇ!!」

「はいはい、往生際が悪いですよヴォルターさん」

「ちょっと、後ろで暴れないで下さい!」


 フェンリル達と合流し、ラクトスを出発。

 ヴォルターさんの悲鳴や、キースさんとアロシャイスさんの声を聞きながら、屋敷へと向かう。


「……パパ」

「どうした、リーザ?」

「ううん、なんでもない」

「……そうか」


 走るレオの背中に乗っているのは、リーザを挟んで前に俺、後ろにクレアだ。

 そのリーザが、俺の背中にギュッとしがみ付きながら小さな声を出す。

 消え入りそうなその声に反応し、リーザに声をかけると俺の背中にさらに強くしがみ付きながら、首を振ったのがわかる……おでこまで押し付けているようだから。

 そんなリーザに対し、静かに頷き何も言う事なく流れていく景色を見ていた。


 おそらくリーザは、スラムでレインドルフさんの鞘を見て、前の事を強く思い出したんだろう。

 もしかしたら、俺がレインドルフさんのようにリーザの傍にいられなくなる事とかも、想像したのかもしれないな。

 孤児院で子供達と遊んで、ある程度気分を変えられたかなと思ったけど、ラクトスが離れるにつれて寂しさのような感情が沸きあがったのかもしれないな。

 ふむ……今日はいつもより、リーザと一緒にいるように気を付けよう、寂しい思いはできるだけさせたくないから――。



 フェンリル達のおかげで、少し早めに屋敷へと帰り、一旦部屋に戻った。

 チタさん達に頼んでいた荷物はちゃんと部屋に置かれていて、帰るまでに気分を入れ替えたリーザがそこに小遣いの残りをしまうのを見守る。

 あ、そうだ。


「リーザ」

「んー、どうしたのパパー?」

「ワフ?」


 そんなリーザに声をかけ、懐に入れておいた物を取り出す。


「ほらこれ。前のはレオが破っちゃっただろ? だから……これもしまっておけば、レオもイタズラできないだろうから」

「あ、これ前のと一緒だ! ありがとうパパ!」

「うん」


 リーザがハインさんのお店で、ティルラちゃんと商品を見て回っている間に、頼んで買っていた物を渡す。

 それは、リーザが以前俺が上げた小遣いで買った、布だ。

 からくり箱も買ったし、それなりに小遣いも減って来ていたから、新しく俺が買った……そもそも、破れたのはレオが引っ張ったからだし、リーザは悪くないからな。


「ワフ! ワフ!」

「いやレオ、あれはイタズラと言ってもおかしくないだろう。今度は、破ったりしたら駄目だぞ?」

「もー、駄目だよママー!」

「ワフゥ」


 喜ぶリーザとは別に、レオから抗議をするように鳴かれる。

 ……遊びたかったからといって、リーザの買った布を引っ張って破ったのはレオだからな、あれをいたずらと言わずになんと言うのか。

 俺だけでなく、リーザからも注意されてレオは反抗する気をなくしたのか、しょんぼりして項垂れた。

 遊び道具なら、ゴムボールを作ってやったから、それで遊んでおこうなレオ?



 からくり箱に布も大事にしまったリーザは、その後少しの間、開けたり閉めたりして遊んでいた。

 通常とは違う開け方ができる箱が楽しいらしい。

 そんなリーザを、しょんぼりしたレオを慰めるために撫でていると、ゲルダさんに夕食の用意ができたと伝えられ、皆で裏庭に。

 その途中で、セバスチャンさんに声をかけられたので、リーザとレオを先には先に裏庭へ行ってもらった。


「タクミ様、屋敷に残っていた者達への教育は済ませておきました」

「教育って……えっと、ありがとうございます」


 屋敷に残った使用人候補の人達は、俺に関する話や屋敷の事などを知る機会になっていたとは思うけど、教育だったのか。

 セバスチャンさんなら、喜々として色んな事を説明した事だろう。


「本日タクミ様に同行した者達は、明日にでもまた改めて……」

「そうですね、わかりました」


 今日の夜か今頃か……ある程度使用人候補の人達の中で、共有はされているんだろうけど。

 確か、事前に許可を求められていたんだけど、俺が異世界からとか、身の上話みたいな事もされているはずだ。

 俺がここにきた頃から屋敷にいる使用人さん達はほとんど知っている事だから、新しく加わる事になるアルフレットさん達も、知っておいた方がいいからな。

 ランジ村に一緒に行く人を選んだら、その人とは長く一緒にいる事も多くなるだろうし。


「それで、どんな反応でしたか?」

「納得している者が多かったですな。困惑した者もいるようですが、すぐに腑に落ちたようです。レオ様と一緒にいる事や、ギフトを使って見せていた事が大きいのでしょう」


 レオとギフトが、一番説得力あるって事か……先に見せておいて正解だった。

 異世界からなんて本来は荒唐無稽な話のはずなのに、クレアやセバスチャンさんなど、屋敷の人達や公爵家の人達が信じている……というのも大きいんだろう。

 エッケンハルトさんのように、公爵家当主としてギフトと異世界からの関係性を知っているならともかくな。


 ちなみに、この機会にミリナちゃんにも俺の事を話している……というより、使用人候補の人達と一緒に話を聞いているはずだ。

 セバスチャンさんの様子を見るに、他の人達とそう変わらない反応をしたんだろうと思う。

 最初から、なぜか俺の事を凄く肯定的に見てくれていたのもあるのかもな。


「あ、そういえば。スラムでの事なんですけど……」

「……ふむ、アロシャイスさんから報告がありましたな」


 使用人候補の人達に関する話の後、そういえば報告すると言っていたアロシャイスさんの言葉を思い出し、セバスチャンさんに聞いてみる。

 スラムでティルラちゃんに言っていた、やりたい事をやって、それを使用人が補助をする……という事についてだ。


「少々、気を付ける必要はありますが……概ねアロシャイスさんがティルラお嬢様に言った内容で、問題ありません。ティルラお嬢様であれば、それを聞いて我が儘な振る舞いをする事はないでしょうからな」


 アロシャイスさんの言っていたように、セバスチャンさんも同じ意見で、使用人は主人が自由に振る舞えるように補助をするべき存在である……という考え方のようだ。

 貴族家に仕える使用人だからというのもあるだろうけど、とにかく主人であるクレアやティルラちゃんが、やりたい事をやれるようにするのも仕事なのだとか――。


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