第1078話 すぐに解決する方法はなさそうでした



「なら、部屋数だけが問題ね……」

「最近はスラムからの子も多く、雨風が凌げるだけでなく、食べ物の心配をせずに衣服もある。それで満足している子ばかりではあるのですが……悩みは尽きないですね。……申し訳ありません、クレア様、タクミ様」

「いえ、子供達にはなんの心配もなく過ごして欲しいですからね」


 建物は当然ながら部屋数が限られている。

 子供達が増え続ければ詰め込む事になってしまい、不自由なく暮らせられないと考えているんだろう。

 今は、スラムの子達がこれまでの生活と比べて、不満はなくてもこれから大きくなっていくにつれて大変になって行くだろうしなぁ。

 大きくなれば、単純にスペースの問題も出て来るだろうし。


「子供達は、将来の公爵領や国を担うのだから、無碍にする事はできないわ。だからリーベルト家では特に孤児院への援助に力を入れているのだけれど……」

「ありがとうございます、クレア様。公爵家の方々のおかげで、こうして子供達が笑って過ごせているのです。幸いにも、ここ最近は孤児院に入る子供達も少なくなってきました。なくなったわけではありませんが……」


 子供達が将来の国を担う存在になる、という考えで孤児院の援助をしているのは本音だろうけど、クレアやエッケンハルトさんを見ていると、単純に将来だけでなく子供達の事を想っての事だろうなと思う。

 クレアに頭を下げたアンナさんによると、新しく入って来る子供達は減少傾向らしい……まぁスラムには無限に子供がいるわけじゃないからな。

 ラクトス自体が人の往来の激しい街だから、なくなりはしないんだろうけど。


「孤児院を増設……というか、大きな建物に建て替えたりってできないんですか?」


 孤児を減らす努力はするべきだけど、受け皿を大きくする事で、受け入れられる孤児の数を増やすのはどうか? と考えて提案してみた。


「それも一案ですね。ただ、建て替える間今いる子供達は……」

「そうですよね……」


 新しい土地が用意できれば別だけど、それができないのであれば今ある孤児院の建物を、新しく建て替える必要がある。

 ただその場合、一度建物を潰す事になるので、その間孤児達の行く場所がなくなってしまうか。


「タクミさんの案を踏まえて、増築というのはどう、アンナ? 孤児院の周辺は住民が密集していないし、広げる事もできると思うわ」

「それはよろしい事でございますね。今ある建物はそのままに、新しく別の建物を建てる、もしくは広げる……それでしたら、子供達はこのままです」


 クレアの案は建物を今のままに、別で作るという考えのようだ。

 確かに、孤児院の周辺はあまり建物がなく、増築するのに問題はなさそうだな。

 そのまま、子供達の様子を見ながら少しだけ、アンナさんやクレアさんと今後の事を話した。

 孤児院運営に関して、俺が関与していいのかという疑問も沸いたが、ミリナちゃんの事もあるし薬草畑でも雇うのだから、十分関係者だと思っておく事にしておこう。


「何にしても、時間がかかりますね」

「今すぐの解決は難しいなぁ……」


 結論らしい結論は出ず、費用の事も含めてエッケンハルトさんとの相談もあるので、その場は溜め息と共に話を終えた。

 とりあえずは、俺が雇う人と他にも孤児院から巣立つ人も、それなりにいるらしいのでしばらくはなんとかやって行けるだろうとの事だったし。

 時間はかかるけど、なんとかしたいなぁ……と考えるのは、俺自身の境遇のせいか、それとも近くに孤児院出身者が多いせいなのか……。



「うん?」

「あちらが、何やら静かですね?」


 庭の様子を見ていると、レオや子供達、ティルラちゃんとチタさんが一緒にきゃっきゃと遊び回っているんだけど、特に小さい子達が集まって静かな場所があった。

 小さい子供達程、賑やかに遊んでいると思っていたんだけど。

 俺が首を傾げると、クレアも同じ場所を見て首を傾げた……庭の隅の方で、皆固まって座り、同じ方を見ている。


「……シルバーフェンリルに食べ物をあげた村は……」

「あれは、ヴォルターさん?」

「そうですね。何か話を聞かせているみたいです。シルバーフェンリルと聞こえましたが……」

「多分、シルバーフェンリルについて話をしているんだと思う。ここに来るまでに、子供達に聞かせる話について考えていたから」


 何を話しているのか、はっきりとは聞こえないけど、ヴォルターさんはクレアが言う通りシルバーフェンリルに関する童話を聞かせているみたいだ。

 食べ物をあげたとかも聞こえたから、食べ物の恩を感じたシルバーフェンリルが、村の危機を救ったとか、そんなところかな?

 それにしても、多分即興で作ったお話なんだろうけど、子供達は静かに聞いているなぁ。


「そして、敵を斬り裂き、蹂躙した。シルバーフェンリルに守られた村は、脅威がなくなった事で発展し、街になり、国になり……他の国の脅威からも守られ、シルバーフェンリルによって支配を広げ……」


 レオ達と遊ぶ子供達の声が少しだけ遠く小さくなった瞬間、ヴォルターさんの話しの続きが聞こえた。

 ただ、またすぐレオのいる方の声が大きくなって、続きが聞こえなくなったけど。

 まぁ走り回っているから、近くなったり遠くなったりするのは当然で、それはいいんだけど……。


「……あ、あれ?」

「どうされましたか?」

「いや俺、ヴォルターさんには子供達用にわかりやすく、教訓的な話を……って言ったんですけど」


 なんか、シルバーフェンリルのおかげで国が作られたみたいになってる。

 しかも、その後も勢力拡大しているみたいだし……子供達に聞かせる話としてどうなんだろう?

 意外にも、子供達は静かにしていて、熱心にヴォルターさんの話を聞いているから、こちらではそういった話の方が興味を持たれやすいのかな。

 あと、よく見れば話を聞いている子供達と一緒に、リーザが混ざっているのを見かけた。


 シルバーフェンリルの話だからだろうか、尻尾をブンブン振って楽しそうだ。

 うーん……思っていたより、血生臭い話が好まれるのかな? いやまぁ、鬼退治とか日本の童話も結構戦ったりするけど。

 時折聞こえる内容から、子供達が盛り上がっているのは悪者を退治しているところっぽいから、勧善懲悪は受け入れられやすいのかもしれないな――。



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