第1070話 レインドルフさんの名残を見つけました



 密偵さん二人との話し合い、とりあえずスラムの内情を知るための手段として、クレアやセバスチャンさんとの連絡を取り合う事に決まった。

 実際はともあれ、表向きはこちらもスラムに住んでいる者として扱う事などに加えて、一応今のままティルラちゃんを含む公爵家に対して、悪い感情を持たないよう裏工作をすると約束。

 裏工作と言うと、悪い事をしているような気になってしまうが、要は何かをきっかけに反感を持ったりしないようにするだけだ。

 二人でできる事は限られているから、できるだけ、という注釈が付くけど。


 その他、最初に土下座をしてきた男性二人がちょっと気にしているので、気を付けるとの事だった……こちらは、ティルラちゃんとの接触がきっかけで、素性が怪しまれないかとの心配からだったらしい。

 悪い人達じゃないみたいだし、仲良くやって欲しいと思う。

 ちなみに、俺達が話しをしている建物……元々リーザとレインドルフさんが寝泊まりしていた場所は今、密偵の二人が使っているらしく、隅々までとは言わないが小綺麗になっていたり、椅子があったりしたのはそのためらしい。

 そんな偶然ってあるんだなぁ。


 ……と思っていたら、リーザを保護した後、正確にはディームを捕まえた後にエッケンハルトさんが調べさせて、この場所を使っていた事を突き止めていたからだとか。

 何も知らない人に使われないよう、エッケンハルトさんなりの配慮なのかもしれない。


「うーん、やっぱり何も残っていないね、パパ」

「そうだなぁ……まぁ、持ち物を置きっぱなしって事はなかったんだろうから、仕方ないけど」

「私は少し、リーザちゃんの物とかがあるのを期待していましたけど……」


 密偵二人を、外にいる男性二人に合流させて見送った後、改めて室内を見て回るが……特に何もない。

 いや、密偵さん達が使っていると思しき、毛布やら簡易的な生活用品らしき物はあったけど、リーザやレインドルフさんがいた形跡はない。

 レインドルフさんが亡くなってから、リーザはここを使えていなかったらしいし、俺が保護をしてからそれなりに経っているから、仕方ないか。

 リーザも、ここは寝泊まりするだけで物を置いておく事はなかったって言っていたし、暮らしていた場所が見られただけで良しとしよう。


「……リーザちゃん、どうしたの?」

「ん?」

「……」


 いくつかの部屋を回って、最後の部屋に入った時、ふとクレアがリーザに声をかけたのを聞いて、その様子に俺も気付いた。

 部屋の隅をジッと見つめているリーザ……心なしか、耳や尻尾は萎れて元気がない。


「どうしたんだ、リーザ? 何か見つけたのか?」

「あれ……お爺ちゃん……?」


 部屋の入り口で立ち止まり、一点だけを見つめ続けるリーザの視線の先には、壁に立てかけられている細長い物があった。


「剣の……鞘?」

「そう、みたいですね。リーザちゃん、あれは?」

「お爺ちゃんが、いつも持っていたの……だと思う」

「レインドルフさんの……? でも、どうしてこんな所に」


 先程までは、リーザやレインドルフさんの物は一切見つからなかったのに。

 しかもその鞘は、剣がおさめられているわけではなく、ただ抜け殻になった鞘だけがある状態だ。

 そもそも物を置いておく事がなかったのに、こんな所にあるのは不自然だ……鞘だけなのもそうだし、剣は腰に下げて持ち歩いているのが通常でもあるはずだから。


「随分、立派な鞘なのね、リーザちゃん」

「うん。お爺ちゃんは、これがあるから自分はここにいられるって言っていたよ」

「剣は、どうだったんだ?」


 鞘は意匠が凝らしてあり、かなり立派なものに見える……こういったのは、エッケンハルトさんが持っているのを見た事があるが、それに見劣りしないくらいの物だ。

 大きさから見るに、ロングソード……長剣と呼ばれる類の剣を収めるための鞘だと思うが……レインドルフさんが使っていたのなら、剣がどうなったのかが気になる。


「ううん、剣は最初からないんだって。鞘だけしかなくて、でもそれでいいんだって……」

「鞘だけで……?」


 綺麗にされており、意匠も凝らしてあるその鞘を見れば、そこに収まる剣はどれほど立派な物なのかと想像してしまうけど、剣がない鞘なのか。

 鞘というのは、剣を収めるためにある物。

 当然ながら、剣がなければ意味を成さない物でもある……鈍器として使えなくもないが。

 どうしてそれをレインドルフさんが持っていたのか、リーザはよく知らないようだ……最初から鞘だけしかないって、よくわからないな。


「お爺ちゃん……」

「リーザ……」

「リーザちゃん……」


 そっと、リーザが鞘まで行って、立派な鞘を抱き締める。

 それを見ていた俺やクレアは、どう言葉を掛けていいのかわからず、ただリーザの名前を呼んでそっと肩に手を置くくらいの事しかできない。


「……お爺ちゃん。リーザね、今パパやママができたよ。他にも、優しい人がいっぱいで……ここにいた時より、毎日楽しいの。でも、でもね……うぅっ」

「リーザ?」

「大丈夫……ズズッ!」


 鞘を抱き締め、両肩を俺とクレアに触れられながら、レインドルフさんに報告を始めるリーザ。

 途中で感極まったのか、言葉を止めるリーザに声をかけると、首を振って思いっ切り鼻を啜った。

 泣くのを我慢しているんだろうな、強い子だ……。


「……うぅ……でもね、楽しい毎日に、お爺ちゃんだけがいないの。どうして、どうしてなのかなぁ……?」

「「……」」


 抱き締めた鞘に向かって問いかけるリーザに、俺とクレアは何も言えない。

 もう少し、リーザを発見するのが早ければ、スラムにもっと目を向けていれば、レインドルフさんが亡くなる事はなかったのかもしれない。

 そうしたら、リーザは今もお爺ちゃんと慕うレインドルフさんと一緒に、笑って暮らせていたかもしれない……。


 いや、そもそもレインドルフさんが亡くなった理由は、老衰みたいな物だったと聞いている……セバスチャンさんが調べてくれた。

 だから俺達が見つけるのが早くても、もう手遅れだったかもしれないし、そもそもリーザと出会うその日まで、スラムの事すら全く知らなかったんだから、どうしようもなかったんだろう。

 グスグスと、リーザが鼻を啜る音が響く部屋の中で、グルグルとたらればが頭の中を駆け巡った――。


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