第1069話 あんまり物騒な話ではありませんでした



「はい。このスラムの内情を探るため、ここにいます」

「……なんとなく、話しが読めてきました」

「どういう事、クレア?」


 聞き返した俺に頷く男性と、同じく頷いて息を吐くクレア。

 密偵とは穏やかじゃない……そもそもスラムを調べるために、そんな事をして……なんて考えている俺と違い、何やら納得している様子だ。


「タクミさん、このラクトスはリーベルト公爵家の領地にあります。そして、その領内の街の内情を調べるのは、他領の貴族がする事ではありません。他領の貴族がこちらの内情を窺うために……という事はありますが、それでわざわざスラムに限定する必要がないんです」

「成る程……それは確かにそうだね」


 それにしても、やっぱり貴族同士の関係とか、面倒な事が目白押しのようだ。

 クレアが言っている内容を考えるとつまり、スラムにわざわざ密偵を差し向ける事はなくとも、別の貴族が密偵を放って内情を探ろうとする事はある、と言っているようなものだからな。

 敵対とかそういうわけじゃないかもしれないけど、お互いの様子を窺って等々、しがらみみたいな事が多そうだ。

 物語やなんかでも、同じ国の人間なのに貴族同士で争ったり……政争? とかをしてややこしい事になっている話はいくらでもあるもんな、この世界でもそれは大きく変わらないのか。


「そして、他領の貴族でなければこの密偵に命じているのは、限定されます。――貴方達、お父様の差し金ね?」

「はっ……クレアお嬢様のご推察通り、我々は公爵様に命じられてここにおります」

「エッケンハルトさんが……」


 他領の貴族でなければ、誰が差し向けたのかの答えは簡単。

 密偵を持っていて命令できる人なんて、一部の限られた地位にいる人くらいだからなぁ……そもそもに密偵を持っている事自体驚きではあるが、ある意味納得でもある。


「やっぱり……それにしても、なんでお父様がここのスラムに?」

「それは……」


 男性二人によって、密偵を使わせた理由が話される。

 正体がバレたからって、簡単に説明していいのかと少し疑問に思ったけど、クレアにバレたら正直に話す事との命令もされていたらしい……多分理由は、秘密にしてエッケンハルトさんがクレアに問い詰められないためだろうと思われる。

 ちなみに、目の前の二人が本当の事を話しているのか、という証明は懐からエッケンハルトさん直筆の命令書、そこに書かれているサインを確認。

 クレアやヨハンナさんが見て確認したので、この二人が密偵であり、エッケンハルトさんの命令で動いているとの保証がされた。


 それで結局、どうしてスラムを探っていたのかと言うと……。

 薬草畑が開始されたら、俺やレオ、クレアがランジ村に移動するため、ラクトスに近い屋敷に残るのがティルラちゃんだけになるからという心配から来ているらしい。

 元々、スラムのように治安が悪く、犯罪の温床になりかねない場所を排除しようとしていたエッケンハルトさんは、いい機会だからとラクトスのスラムの内情を探り、対処法を見つける良い機会だからとも考えたとか。


 まぁ、最初の動機がティルラちゃんのためという、親心なのでわからなくもない……俺やクレアも、ランジ村に行った後のティルラちゃんの事は、心配事でもあるから。

 ランジ村とラクトスもそれなりに近いけど、屋敷とラクトスのように、半日もかからず往復できるほどじゃないからな……何かがあった時に、駆け付けるのは少し難しい。


「はぁ……お父様ったら。まぁ、まだ子供のティルラが心配になるのも、わからなくもないわね」

「ははは、ちゃんとクレアやティルラちゃんの事を考えて、動いてくれているって事だと思うよ」


 溜め息を吐くクレアだけど、その表情からは少しだけ嬉しそうな様子が感じられる。

 密偵は、さすがにやり過ぎな気がしなくもないけど……スラムへの対処は領内の発展に繋がる可能性、などを考えれば、慎重に調べるのは悪くないのかもしれない。

 その後もいくつか話を男性二人から聞く。


 土下座した男性達とは、スラムを調べるうえで近付き仲良くなったと見せかけるため、一緒にいたんだとか。

 ただ、公爵家の関係者ならば、ティルラちゃんの事も知っているはずなので、どうしてスラムにラーレと乗り込んだ時、襲い掛かろうとしたのかと聞いたら。


「その……ラーレ、でしたか。公爵様よりティルラお嬢様の従魔の話は聞いておりましたが、まさか目の前に降り立つとは思っておらず」

「魔物が暴れたら街が大変になると、あの二人と一緒に……まさか姫……いえ、ティルラお嬢様がいるとは思わず……」

「あー、まぁ、正面からだと、背中に乗っているティルラちゃんは見えませんからね……」


 ラーレは真っ直ぐ立つとかなり大きい。

 しかも空から降り立ったって事は、翼も広げていたわけで……人間が見上げなければいけない程の大きさのラーレが、突然空から降りてきたら、誰だって驚くだろう。

 背中に乗っているティルラちゃんは、鞍のおかげで落ちないけど、ラーレが直立すると見えないだろうし……そうして、どうにかしようと慌てた結果、返り討ちにあって気絶したって事らしい。


 セバスチャンさんが気にしていた、スラムに住んでいる者にしては、経歴が綺麗すぎる……というのは、公爵家の関係者だったからだろう。

 土下座した二人も、あまり悪い事をする性格ではないらしく、だからこそ密偵の二人も近付いたんだとか。


「では、ティルラを姫と呼ぶようにしたのは?」

「ティルラお嬢様に、スラムの者達が敵対しないよう、反感をもった行動を起こさないよう仕向けるためです。スラムそのものをどうにかするのは、時間がかかる事なので……ティルラお嬢様に何か危害を加えさせない方法も見出せ、と命令されておりました」

「お父様、無理難題を……」

「結果的には、良い方向に行ったって事だね、クレア……ははは」


 溜め息混じりに呟くクレアに、苦笑する俺。

 ラーレにやられた経緯はともかく、その後ティルラちゃんに対するスラムの人達の感情が悪い方向へ向かないよう、姫と呼んで敬うようにする事で、そう仕向けようと考えたらしい。

 ティルラちゃんの行動と、エッケンハルトさんの無茶振りが合わさった結果……という事か。

 ある意味、あの時ラーレで突撃したからこそ、密偵さん二人の悩みを解消できたのかもしれない……というのは、いい方向に考え過ぎかもな――。



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