第1021話 クレアは知識面の補強を考えているようでした



「クレアお嬢様、あれはタクミ様やレオ様の近くに控えるのに、向くとは思えませんが……」


 だが、ヴォルターさんの名前を聞いて、セバスチャンさんは渋い表情。

 知識だけで経験が伴わないのを問題視しているんだろう、今のところこちら側の説明だけなので、態度が微妙だったくらいでそんな感じはしないんだけど。


「セバスチャンからの評価が厳しいのは、変わらないのね。そうね……確かにセバスチャンが考えている事もわかるし、以前から言っていた経験が必要だというのは私も同意するわ」

「経験がなければ、その知識の活かし方も説得力も乏しくなります。タクミ様のためになるとは思えません。それに、ヴォルター自身も書物があるこの屋敷でならともかく、ランジ村に行く事は望まないでしょう」

「ヴォルターがどう考えるかはわからないけど……でも、それならティルラに仕えてもいいと言っているようなものよ? だったら、私はタクミさんの近くにいた方がと思うわ」

「それは、どうして?」


 俺が選ばなければ、ティルラちゃんに仕えるためこの屋敷に留まる……書物を読む事が好きらしいヴォルターさんとしては、確かに選ばれない方が良さそうだ。

 本人の意思とはまた別に、クレアは俺に仕える事を勧めたいみたいだけど、それはどうしてだろうと思い、聞いてみる。


「経験が伴わず、説得力がなくてもタクミさんの傍には、知識を多く持つ者が必要だと思ったんです。今で言うとセバスチャンがその役目ですけど……」

「……私は、ティルラお嬢様とこの屋敷にいる事になるでしょうからな」

「ですので、タクミさんの知識を生かしたり、タクミさんがこの世界でわからない事を知るためにも、知識だけでもと」

「成る程。確かに、俺はこの世界についての知識がほとんどないから、そういう意味ではヴォルターさんの知識は悪くないんだ」


 クレアが勧める理由は、この世界の知識に乏しい俺に知識が豊富な人が近くにいた方がいい、と考えたからなんだろう。

 他の人達の知識が不足しているというわけではないだろうけど、書物を読む事で知識だけならセバスチャンさん並み……かどうかはともかく、他の人よりは豊富だと思われる。

 経験や説得力よりも、まず俺の知識面の補強をと考えてなんだろうな。


「ですが……私が注意し、レオ様を間近に見た事で改めましたが、タクミ様への態度はいかがなものかと……それに、蔵書のないランジ村であれが真面目に働くかどうかもわかりません。この屋敷であれば、私が注意して見ておけるのですが」

「私は見ていないのでわからないのだけど……改まったのなら、今後に期待というところね。タクミさんがそれでも嫌だと思うのなら、他の使用人を選べばいいと思うわ。外に出る事が増えるとしても、私もいるのだからね」


 セバスチャンさんが引っかかっているのは、真面目に働くかどうかと、最初に俺へ向けた品定めするような視線と、失礼な言動なんだろう。

 まぁ、上司から罵倒されながら働くのに慣れている俺からすると、あんまり問題じゃない気もするけど……似たような態度を他の人にしないとも限らないからなぁ。

 なんにせよ、選ぶかどうかも含めて俺次第ってところなんだろう。


 俺が真面目に働くように仕向けて、失礼な態度を取られないよう雇い主としてしっかりしないといけないという事だ……自信はもちろんないけど。

 ……せっかくクレアからお勧めされたけど、現状ではマイナスポイントという事で。

 雑談代わりに意見を聞いただけなのに、具体的な話になってしまったのは誤算だったけど、参考になる意見そのものはもらえた。

 その後は、レオ達がいるところに戻ってフェンリル達を労いながら、遅くなったティルラちゃんとの鍛錬をこなして、夕食を済ませた――。



「タクミ様、本邸から来た方々はお休みになられました。移動が長かったので、今日は疲れたのでしょう」


 夕食後の素振りや、お風呂に入って汗を流し終わった頃、使用人候補の皆さんに付いていたライラさんが部屋に来ていた。

 報告のためだな。


「ありがとうございます、ライラさん。俺の事や、レオ達の事で何か質問があったりはしましたか?」

「そうですね……ほとんどが、レオ様というシルバーフェンリルがおとなしく従っている事への疑問、でした」


 使用人候補の皆さんから、ライラさんへ向けられた質問は大体がレオの事だったらしい。

 『雑草栽培』も見せたけど、レオの方が印象が強いのは仕方ないか。


「怖がっていたりは?」

「やはり多くの者が、畏怖の念を抱いてはいたようです。ですが、クレアお嬢様や私達が変わらず過ごしているため、本当に人は襲う事はないのだと安堵もしていました」

「そうですか。――良かったなレオ、人気者……とはちょっと違うけど、怖がられてばかりでもないみたいだ」

「ワフ」

「良かったね、ママー」


 まだ怖がってはいるようだけど、それはシルバーフェンリルに対する畏怖であって、レオに対しては安心感も出て来ているようだ。

 これなら、もう少し様子を見ていれば慣れてくれる……といいなぁ。

 そんな風に思いながら、一緒にライラさんの報告を聞いていたレオを撫でて声をかける。


「ワフ?」

「ん、どうした?」

「ワウワフ、ワフー?」


 嬉しそうにしていたレオが、首を傾げたのでどうしたのか聞いてみると、何やら鳴いて伝えたい事があるらしい。

 何々……前のように、乗せて走ったら慣れてくれるかな? と言っているようだ。

 ゲルダさんや、エッケンハルトさんにやった荒療治の事だな。

 レオにとって、あれは遊んでいるようなものだけど。


「そうだなぁ……人数が多いから、さすがにレオだけだと……あ、フェリー達がいるか」


 乗せて走ってもらえば、多少なりともレオに慣れてくれるだろうし、恐怖心は薄れてくれると思うけど、総勢十人を代わる代わるレオに乗せるのもなぁと考えていて、フェンリル達の事を思い出す。

 フェリー達に頼んで、散歩代わりに屋敷の周辺を走ってもらえば良さそうだ。


「フェリー達に、何かさせるのですか?」

「あぁ、すみませんライラさん。えっと、レオがですね……」


 俺の呟きを聞いて、首を傾げるライラさん……俺とリーザは、レオが何を言っているのかわかるからいいけど、ライラさんはわからないんだった。

 急にフェリーの名が出て来て、不思議がるのも当然だなと謝ってレオが言った事や、考えていた事を話した――。



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