第975話 スラムに向かいました



 ――クレアが主体となって、衛兵さん達へと指示を出して各自の役割を決めていく。

 大通りのように遠目からでもラーレの巨体を確認出来そうな場所へは、衛兵さん達が担当し、その他の場所はフェンリル達に乗って捜索。

 フェンリルが走り回る事になるが、街の人達へ危険はない事を報せる役目もお願いする。

 あと、数名を先にスラムへ走らせて、偵察隊との合流とレオやフェリー、俺達が通る道を作ってもらう……人が集まってしまって、身動きがとりづらくなったりしないためだな。

 その他、同じく衛兵が集まっているであろう東門や、ソルダンさんのいる役所へも報せに走ってもらう。


 偵察隊とすれ違って、報告のために戻ってきた場合や、門から衛兵が完全にいなくなってしまうわけにもいかないので、最低限の人を残す。

 次々と衛兵さん達に指示を出していくクレアを見ていると、昨日枝を投げるのに苦労していたのとは違って、統治する側の人なんだなぁ……と納得。

 一応、隣のセバスチャンさんと相談したり、補助はされているようだけど……俺だったらもっと決断に時間がかかるだろうし、間違った指示とかをしそうだ。


「では、行きましょう。早くラーレとティルラを捕まえないと……」

「捕まえるって言うのは大袈裟ですけど、そうですね」

「ワフ!」


 まず俺達が通る道を作るための衛兵さん達が出発し、それぞれの指示を出し終わって門を通る。

 馬車などが集まる広場で、フェンリル達や使用人さん、護衛さん達に街中の捜索をお願いして、レオとフェリーに乗った。

 ラクトスへ来た時と違って、今回はリーザと俺がレオに乗り、ヨハンナさんとクレアがフェリーに乗って、クレアの言葉で出発する。


「レオ、人や建物にぶつかったりしないよう、気を付けてくれ?」

「ワフワフ!」


 まだ早い時間だからか、人の姿は少ないんだけどそれでもいないわけじゃない。

 街中を走る速度は外を走るよりも遅くなっているけど、それでもレオが誰かにぶつかったら危険だからな……向こうが。

 レオならわかってくれているだろうけど、念のため注意はしておく。

 もちろん! と言うように鳴くレオの声の後、抱えるようにして支えているリーザが、顔を上げて俺を見た。


「ねぇパパ、ティルラお姉ちゃん、何か悪い事したの?」

「うーん……悪い事というか、街の人達を騒がせちゃったからというか……」


 捕まえる、という物騒な物言いだったのが気になったんだろう。

 ティルラちゃん一人なら、大きな騒ぎにはならなかっただろうから、捕まえるとまでは言われなかったはずだけど……。

 いや、それはそれでまた別の騒ぎにはなるけど。


「全くティルラは……ラーレがいてくれるおかげで、害される恐れが少ないのは私も安心できるのですけど」

「ラーレがいたから、今回の事に繋がったんだろうね」

「従魔を得て、ラーレが言う事を聞いてくれるからって、いきなり乗り込もうとするとは思いませんでした。見つけたら、叱らないと……」

「まぁ、程々に……」


 フェリーの背中、ヨハンナさんの後ろに乗っているクレアが、憤慨している様子で溜め息と一緒に声を出す。

 スラムの人達が集まって、全員でティルラちゃんに向かったとしても、ラーレには敵わないだろうけど……騒ぎになっているからなぁ。

 俺やクレアのための行動だとしても、叱られるのは仕方ない。


「おっと、道が狭くなっているので、並んで走るのは難しいね……」

「クレア様! こちらです!」

「ありがとうございます!」


 これまで、それなりにわかりやすく大きな道を通っていたけど、さすがに狭い道もあって、レオとフェリーが並んで走るのは難しい場所もあった。

 先にスラムへ向かった衛兵さんが、手を振って声を上げて誘導してくれるのに従いながら、縦にレオとフェリーが並んで走る。

 すれ違う際に、お礼を言うのはクレアの役目……俺も言おうとしたんだけど、出発前に今回は公爵家が表だって解決するべき事なので、前面には自分が出るべきとクレアに言われたからだ。


 俺も含めて、使用人さん達もレオやフェンリル達も、クレアのお願いを聞いて事態の収束をしたとする事。

 それと、妹であるティルラちゃんが巻き起こした騒動の責任を負う必要がある、とかなんとか。

 よくわからなかったけど、何も知らない街の人を巻き込んで騒ぎになってしまっているので、そうする必要があるんだろうと納得しておいた。


「ワフ? ワフワフ!」

「そうか、わかった。ありがとうレオ。――クレアさん、ヨハンナさん。それからフェリー! ラーレとティルラちゃんは、あっちにいるみたいです!」

「スラムの端ではなく、真ん中に向かっているのですね、わかりました!」

「畏まりました。フェリー、そちらへ向かってもらえますか?」

「グルゥ!」


 走りながら、少しだけ顔を上げて鼻を揺らしたレオ。

 すぐに鳴いて報せてくれたのは、ティルラちゃん達がいる方向……匂いを感じて、いる場所が分かったんだろう。

 誘導してくれる衛兵さん達が向かった方向とは、また別の方向になるので後ろのクレア達にも知らせる。

 最初はスラムの端に行って、中に入って捜索……と考えていたからだけど、レオが居場所を特定してくれたので時間が短縮できそうだ。


「この辺りって、もしかして……?」

「どうしたの、パパ?」

「いや、ちょっと見覚えがあってな」

「ワフ、ワフ」


 レオが感じたラーレやティルラちゃんの匂いの先へ進んでいると、見覚えのある場所を通っているのに気付く。

 今は明るいから記憶と少し違う気もするけど、多分ディームを探していた時だな。

 レオも覚えがあるようで、走りながら器用に頷きつつ鳴くのを、リーザの頭を撫でながら聞く。


「キィー!」

「あの声は!」

「ラーレの声です、タクミさん!」

「そうみたいだ。ラーレが大きな声を上げるって、何かあったのか……とにかく行ってみよう! レオ、建物とかに気を付けて、急いでくれ!」

「ワウー!」


 突然、辺りに響くラーレの鳴き声。

 特徴的だし、この辺りで人じゃない鳴き声が聞こえるなんて、ラーレしかいないだろうから間違いない。

 クレアも当然聞こえたようで、後ろから声をあげる。

 レオが通るのがギリギリな道もあるので、建物に当たらないように気を付けながら、声の聞こえた先へ急いだ――。



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