第965話 投げ方の指導をする必要がありました



 準備万端なリーザは、クラウチングスタートみたいな恰好……早い話が、デリアさんと同じように手を地面に付いて四足で走る体勢だ。

 二本の大きな尻尾は天に向けてピンと伸ばしてあり、いつでも走り出す事ができそう。

 ティルラちゃんは傍観というか、応援に回るようだからいいけど……もし勢いよく走るレオやフェンリル達の体にぶつかったら、体の大きさが違い過ぎて簡単に弾き飛ばされる。


 そう思ってレオに注意を促すと、しっかりと頷き、フェンリル達も同じく頷いてくれた。

 あちらは、何をやるかはっきりわからなくとも、リーザを弾き飛ばさないように気を付けてくれるみたいだ……シェリーくらいなら、まだ大丈夫なんだろうけど。


「タクミさん」

「うん」


 枝を投げるイメージが固まったのか、真剣な表情で俺を呼ぶクレア。

 そんなに意気込むというか真面目に取り組まなくても、遊びだから緩くやればいいのに……とは思うが、初めての事だから仕方ないのかもしれない。


「行きます!……えいっ!」


 俺が頷くと、一度大きく声を上げた後、大きく振りかぶって枝を投げるクレア。

 投げるフォームとかは滅茶苦茶だけど、まぁ競うためのスポーツでもないんだから、気にする事はないか……と思うんだけど……?


「ワ、ワフ?」

「んっ! はい、クレアお姉ちゃん!」

「……え……あ、え? あ、ありがとう、リーザちゃん」

「えっと……クレア?」

「キャゥ……?」


  地面は土なので特に音はしなかったが、カツーンと音が聞こえそうなくらい、勢いよく落ちた……いや、地面に放たれた枝はクレアの目と鼻の先……数センチ前で跳ねた。

 放物線を描いて枝が投げられるのを想像していたんだろう、レオやシェリーは首を傾げ、よくわからないフェンリル達も同様。

 リーザだけが反応し、落ちて少しだけ跳ねる枝に駆け寄って掴み、クレアに渡した。

 かなり得意気だ、可愛い。


 ……なんというか、投げるという動作をやった事のない人が初めてボールを投げた時、手を離す瞬間がわからず真下の地面に投げつけるてしまうような、そんな感じだ。

 投げ方くらいは、教えておいた方が良かったか。


「タクミさん、どうしてでしょう……遠くに飛びませんでした。以前、タクミさんが投げるのを見ていた通りにしたつもりなのですけど……」

「……枝を手から離すのがちょっと遅かったかな?」


 キョトンとして俺を見るクレア。

 クレアからすると、俺が投げた動作を真似たつもりらしいけど、実際の動きとしては全然違った……俺も別に投げるのが得意だとかではないし、フォームが完璧ではないけど。

 頭の中で、どう動きをトレースしていたのか聞いてみたい気はするけど、これはあまり言わない方が良さそうだ。


「……難しいです」

「もしかして、枝にしろなんにしろ、物を投げるのは初めて?」

「あ、はい……」

「まぁ、生活していて物を投げるってのも、あまり多くないから仕方ないよ」


 誰でも初めてはあるものだし、失敗もする。

 特にクレアは、公爵家のご令嬢として蝶よ花よと育てられ……お転婆だったらしいから、そこまでではないにしろ、物を投げる経験をしていないのだから仕方ない。


「うぅ……お恥ずかしいです……もしかして、私は体を動かす事にとことん向いていないのでしょうか……?」

「そんな事はないと思うけど……誰だって初めては失敗してもおかしくないからね」

「そうなのでしょうか……私以外はやれそうですし、タクミさんは簡単にやっていました」

「俺は、何度もやった事があるから」


 顔をリンゴのように赤くして俯き、落ち込むクレア。

 本来はシェリーが元気付けて、気分転換に遊ぶ事になったはずなんだけど……これじゃ本末転倒というか、余計に落ち込ませてしまうな。

 以前ヨハンナさんが、運動というか剣を使ったりとかそういう事はからっきしと言っていた。

 慣れれば森の中を歩ける父親譲りの体力があるのだから、完全に不向きというわけではないんだろうし、ゲルダさんの何もない所で転ぶようなドジをするわけでもないんだけどなぁ。


 もしかしたら、頭の中で考える理想の動きと実際の体の動きがちぐはぐで、一致していないのかもしれない。

 解決策は思い浮かばないけど……とりあえずちゃんとした動きをさせれば、少しはできるようになるかな?


「えっと、もう一度試してみよう。こうして枝を持って、手を頭の後ろに持って行って……」

「あ、タクミさんの手が……は、はい!」


 とにかく今度は最初から最後まで俺が教える事にして、枝を持たせてクレアの手を取る。

 何やらととぼける必要もなく、クレアが少しだけ赤い顔をさらに赤くして戸惑ったけど、すぐに枝を投げる方に集中してくれた。

 多分、戸惑いとかそういうのを見せるのが恥ずかしい、と考えたのかもしれない。

 それにしても、リンゴみたいに真っ赤になっていたのに、それ以上に赤くなれるんだなぁ……人間って不思議だし、ちょっとかわいい。


 おっと、変な方向に考えている場合じゃないな、真面目に教えないと。

 とりあえず、視界の隅でニヤニヤしているセバスチャンさんが見えたのは、気にしないでおく。


「この辺りかな? 勢いよく腕を振ってここくらいまで来たら、枝を離すといいよ? さっきは腕を下に振り下ろすくらいまで、枝を持っていたのが原因だと思うから」

「わ、わかりました……この辺り、ですね……」


 クレアの腕を持ち、頭よりも少し前まで手や腕がきた段階で離すように教える。

 とりあえず離す位置さえ問題なければ、勢いよく腕を振れば放物線を描いて飛んでくれるはずだ。

 物を投げる際の正しいフォームとかは気にしない……クレアにそこまで気にしている余裕はなさそうだし、俺も詳しいわけじゃないからなぁ。


 下投げの方が確実に投げられそうだと思ったが、さっきの失敗を見ていると、枝が顔に直撃する未来が想像できてしまったので、上投げを教えた。

 細めの枝とはいえ、勢いよく顔に当たれば怪我を危険もあるから、多分上投げの方がいいと思う。


「よし、それじゃレオ、シェリーもフェリー達も……リーザもか。もう一度クレアが投げるからなー?――それじゃ、クレア」

「ワフ」

「キャゥー」

「はーい」

「わ、わかりました……」


 改めて、レオ達に声をかけてもう一度投げる事を伝え、それぞれの返事を聞いて、クレアを促した――。



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