第963話 クレアも似たような事を考えていました



 リーザやティルラちゃんの様子を見ていると、クレアとセバスチャンさんが何やら話している。

 俺が提案していなくても、以前からの課題だったらしく、別の事を考えていたのかもしれない。

 でも、俺の案とは別方向って、どんな事なんだろうか?


「クレアが考えた案って?」

「……タクミさんの案を聞いた後だと、実現性が低くて恥ずかしいのですけど……私は、スラムにいる人達が集まって生活できる建物と、食料を用意する案を考えたんです」

「クレアお嬢様は、スラムに住んでいる者でも全員が悪人ではない。そして、安心して寝られる場所と食べ物があれば、仕方なくでも悪さをする者が減り、治安が良くなると考えられたのですよ」

「あー……成る程……」


 俺がラクトスの街で話を聞いて、すぐに考え付いた事だな。

 別方向というのはそういう事か。

 ニックから相談されて、できるだけ早く雇用関係をなんとかしないと……と考えて、いくつかのきっかけやヒントでさっき提案した事を思いついたけど、あれがなかったら俺もクレアと同じ提案をしていたかもしれない。


 俺の案は、スラムから人を減らして真っ当に働いてもらい、少しずつラクトスのスラムを小さくする方法。

 大してクレアの案は、スラムはそのままだけど治安維持などを目的として、安心して暮らせるようにする方法。


 どちらが正しいとか、どちらが有効かはなんとも言えないが、確かに考えとしては方向性が違うか。

 俺の案は時間がかかるけど、確実に人が減り、クレアの案は時間はあまりかからない代わりに、スラムの人は減らない、ってとこかな。


「私の案だと、いくつか解決できない問題があったんです」

「問題?」

「クレアお嬢様の案ですと、治安は確かに良くなると思われます。ただし、新しくスラムに住む者も増える可能性もある他、公爵家が施しをと考えて、良く思わない者も出て来ると考えられるのです」

「……一生懸命働いて、お金を稼いで食べている人からすると、何もしていないのに食べる物や住む場所を与えられる……と?」

「はい。もちろん、働いている人ほどの生活はできないはずなのですが、何もしなくても与えられる者を見れば、羨ましく思う者もいます。まぁ、公爵家と拘わりのある者達や、人となりを知っている者達はそう考えないでしょうが……ラクトスは人の往来が激しい街」

「あらぬ噂を立てる者もいますから。それが、各地で面白おかしく広まる事だって考えられます」

「まぁ、スラムの人達が嫉妬する……とさっき話したのと逆のようなものだね。噂になって、広まってしまったら手が付けられないか」


 最低限の生活を保護する目的で、今の明日をも知れない生活よりは悪さをする人が減るのは間違いない。

 ただ、それを見た真面目に働いている人がどう思うか……だな。

 日本でも、生活保護だなんだで色々問題があったりするし、難しい問題だからなぁ……不正をしている人が一番悪いのは間違いないけど。


「それに、建物を用意するくらいならなんとかなるでしょうが、継続的に食料を用意するには、相当な費用がかかります。それらを全て公爵家や街が用意するのは……領民が納得しないでしょう」

「用意できないわけではないのですけど、そうするくらいなら、孤児院の方にもっと資金を渡してあげたいという考えもあります」

「成る程、孤児院でもっと職員を雇ったり、大きな建物を用意して許容人数を増やしたり……そちらの方が優先なのは確かにそうだね」


 優先順位でいえば、スラムに住み着いている人達よりも孤児院の方だろう。

 そちらを充実させれば、結果的にスラムに行ってしまう子供も減って、全体の人数が減る事にも繋がるわけだしな。

 孤児院そっちのけで、スラムでの生活を保障してしまうというのは、確かに納得しない人が多そうだ。


「色々考えたんですけど、タクミさんの案には敵いませんでした……」

「勝負をしているわけじゃないし、クレアだって一生懸命考えたんだから、どっちが良くてどっちが悪いという程の事でもないと思うよ?」

「そうなのですけれど、やはり問題が多くて……初めてタクミさんやレオ様が、ラクトスへ行った時のような事を減らしたかったのです」

「あー……」


 落ち込んで俯き気味のクレアが言うのは、ニックも含めて数人に絡まれた時の事だろう。

 クレアが悪いわけじゃないとは思うが、ラクトスへと連れて行った身としては面目が潰された形のように考えているのかもしれない。

 というか、ニック以外は外から来た奴らで、スラムとはそこまで関係は深くないはずなんだが……まぁ、治安が良くなればあぁいった事も減るかもしれないか。


「キャゥ……?」

「あら? どうしたのシェリー、私の足に体を擦り付けて……?」

「ワフ」

「レオ? あぁ、シェリーを起こしてくれたのか」


 いつの間にか起きていたシェリーが、クレアの足下に行っていたらしい。

 俺からはテーブルがあって足下が見えなくて、鳴き声しか聞こえないが、どうやらクレアに体を擦り寄せているらしい。

 レオの鳴き声も聞こえたので、そちらを見ると……ちょっと得意気な表情をしていた。

 抱いていたシェリーがいなくなっても、ティルラちゃんと肩を寄せ合ってリーザは寝ているので、熟睡しているみたいだな。


「キャゥ、キャゥゥ……」

「もしかして、慰めてくれているのかしら?」

「クレアが元気なさそうに見えたからじゃないかな? レオが起こしてくれたみたいだ」

「そうなのですね。ありがとうございます、レオ様。――シェリーもありがとう。よいしょ……」

「ワフ」

「キャゥー」

「ふふふ、そろそろシェリーを抱き上げるのも、少し難しくなってきたかしら?」


 何度も鳴くシェリーを、不思議そうに見るクレア。

 シェリーは見えないからわからないが、レオの意図を汲み取って伝える。

 レオやシェリーに対して、感謝の言葉を口に出しながら体を屈めて足下に手を伸ばし、シェリーを抱き上げた。

 最初に発見した時より、目に見えて成長して来ているシェリーは、太っているわけではなくても、クレアには大きく重そうだ。


 さすがにそろそろ、膝の上に乗せたり抱き上げるのも、卒業かな? 寝ているリーザが抱いていたのだって、体に寄りかかっているシェリーを抱き締めていただけ、と言えるくらいだったし。

 離れた場所でお腹を見せて転がっている、野生が欠片も見えないフェン達の子供だし、そのうちあれだけ大きくなるのだから抱き上げられなくなる日も近いのかもな――。



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