第935話 セバスチャンさんのからかいにも一応理由があるようでした



「あー、デリアさん達と一緒に狩りへ行った時にですかね。すみません、手間でなければお願いします。面倒なら屋敷に戻ってからとか、ハルトンさんの仕立て屋さんに持って行きます」

「いえ、これくらいであれば大した手間もかかりません。衣服を作っている方々と比べたら、見劣りするでしょうが……任せて頂ければと思います」



 洗濯だけならまだしも、裁縫までやってもらうのは申し訳ないと思ったが、これもライラさんは任せてもらう方が喜びそうだ。

 相変わらず、何がしかのお世話をするのが好きな人だ……俺も、感謝を忘れないようにしないと。


「ありがとうございます、お願いします」

「はい、畏まりました」

「私も、そういった事ができれば、もう少しクレアお嬢様のお役に立てるのでしょうか……?」


 頭を下げて感謝をし、嬉しそうにライラさんが頷く。

 その横で、ヨハンナさんが思い悩むようにぽつりとつぶやいた。

 ヨハンナさん、裁縫はできないのか……まぁ、料理も苦手って以前聞いたような気がするから、家事方面は得意じゃないんだろう。


「ヨハンナさんは、護衛として兵士として役に立っているではありませんか。こういったお世話は、私のようなメイドに任せるのでいいんですよ」

「そういうものでしょうか? まぁ、私は不器用ですから、裁縫をしたら指が穴だらけになるだけですね」

「俺も、ヨハンナさんと同じですよ。裁縫はできませんから……」


 ライラさんの言う通り、護衛としてちゃんとしているんだから、気にする必要はない。

 クレアの護衛として付いている事が多いから、尚更細かい事で何かしたいと思うのかもしれないな。

 不器用らしく、ヨハンナさんは裁縫をすると指が穴だらけになるらしい……そういえば、俺も昔似たような事があったなぁ、さすがに穴だらけにはなっていないけど、血は出た。

 苦笑する俺に、ヨハンナさんからの視線……何故か、ちょっとした仲間意識が芽生えた気がする。


「さて、夜も遅いし皆そろそろ休んだ方がいいと思うんだけど……」

「ほっほっほ。クレアお嬢様、顔が真っ赤でございますよ? これしきの事、お亡くなりになった奥様であれば、涼しい顔であしらっていたでしょう」 

「お、お母様を出すのはズルいわよ、セバスチャン。私の一番目標にしている女性なのに……」


 今の隅の方へ眼をやると、そちらではまだセバスチャンさんとクレアがやり合っていた。

 やり合うと言っても、楽しそうに笑うセバスチャンさんと、悔しそうにしたり赤くなるクレアの構図で、完全にやり込められているようだけど。

 ただ、そろそろお開きにしないと皆が寝られないし、馬より早く移動したといっても、疲れはあるだろうから……。


「セバスチャンさん、そろそろ……やり過ぎると、怒られますよ?」

「おっと、ついつい楽しんでしまいましたな。いやはや、これからの事を考えてクレアお嬢様を鍛えようと思ったのですが……」

「……楽しんでやっているだけにしか思えなかったわよ? はぁ……まだまだね、私……」


 さすがにやり過ぎてはと思い、セバスチャンさんに声をかけて止める。

 説明している時程ではないにしても、十分に楽しそうなセバスチャンさんは、クレアの言う通り間違いなく楽しんでいただろう。

 ようやく解放されたクレアは、溜め息を吐いて反省している様子。

 でも、これからの事って……? と思って聞いてみたら、薬草を広く売ったり交渉をするにあたって話術の練習の一環だと言われた。


 だからクレアが怒るでなく、反省していたのか。

 なんでそんな事をとは思うが、以前カレスさんに商売関係で話を聞いた際、海千山千の商人を相手にするのであれば、正面から話すだけでなく、のらりくらりと話しを逸らそうとしたり、自分達の利益を増やそうと誘導する相手にも対処しなければ、と教えられたそうだ。

 なので、セバスチャンさんはわざと感情を揺さぶろうとする物言いをしたり、ちょっとした隙をついたり……という話しの誘導をして、クレアの練習台になるようにという事らしかった。


 その時点で、セバスチャンさんが楽しむ予想しかできず、完全に誘導されているような気がしたが……確かにそういった話術の練習も必要か。

 商人をやり込めるように、とまではいわないけど向こうに対して有利になり、こちらが不利になるだけの商談にならないようにしないといけないからなぁ。

 その練習のきっかけというか、話しの種が俺とクレアの関係を……というのはどうかと思うけど。


「それじゃ今日はもう休むという事で、俺はここで寝るので……」

「いえいえいえ! タクミ様は部屋でお休みください。私たちがここで寝ますから!」

「え? でも、移動して疲れているでしょうし、俺はここしばらくのんびりとさせてもらいましたから」


 なんて、ゆっくり休んでもらおうとしたら、それぞれがどこで寝るかがちょっとした問題になった。

 結局のところ、クレアは少し狭いけどリーザやティルラちゃんと一緒に寝て、ライラさんとヨハンナさんはニコラさんが使っていた部屋。

 フィリップさんは反省の見張りとしてニコラさんが担当しているので、同室で、残った一部屋に俺が一人でとなった。

 俺だけ一人部屋っていうのもなぁ……。


「せめて、リーザを俺の部屋に……」

「いえ、タクミさん。そうするとリーザちゃんやティルラを起こしてしまうかもしれません。それに、リーザちゃんと一緒に寝ると、暖かくて気持ちいいのですよ。尻尾が二つに増えたので……」

「あー、確かにそれは暖かそうだね」


 寝る場所を広げるために、リーザをこちらにと思ったらクレア本人から否定された。

 なんでも、尻尾が二つに増えた影響もあって、一緒だとふかふかで暖かく寝られるらしい……屋敷で俺がいない間、代わりにライラさんやクレアが一緒に寝ていたから、よく知っているとか。

 俺がティルラちゃんと一緒に、というのはさすがに問題過ぎるので、思い浮かんでも即却下するとして……結局、一人で寝る事になった。

 皆の疲れがちゃんと取れればいいんだけど……。


 ちなみに、一人だけ部屋の割り振りに参加しなかったセバスチャンさんだけど、そちらは村長さんの家で部屋を借りている。

 クレアは固辞したけど、さすがに村長さんの所に何もないというわけにはいかなくて、セバスチャンさんが代わりに部屋を使う、という事らしい。

 領主貴族の娘が来たのに、村長が何もしていないと思われるのは外聞が悪いとかなんとか……だからといってセバスチャンさんでいいのかな? と思わなくもないけど――。


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