第930話 クレアさんと夜歩きをしました



「……お待たせしました、タクミさん」

「はい……っと、クレアさん、その髪飾り……」

「えぇ。以前タクミ様に頂いた物です」

「やっぱり、似合っていますね」

「あ、ありがとうございます」


 少しして、家から出てきたクレア。

 月明かりに照らされて、輝く髪飾りをしているのがすぐにわかった。

 屋敷にいる時は、時折つけてくれていたのを見ているけど、ここにも持って来ていたのか……大事にしてくれているようで、プレゼントした俺としても嬉しい。

 買う時にも、プレゼントして付けてもらった時にも思ったが、やっぱりクレアの綺麗な金髪に映えるようで、似合っている。


「えっと、それじゃ行きましょうか。……エレメンタルライト・シャイン」

「は、はい。もう、魔法もなれたようですね」


 なんとなく、気恥ずかしい雰囲気が感じられて、誤魔化すように声をかける。

 村の外へ向かって歩きだす前に、腰に下げている剣を鞘に収まったまま持ち、灯りの魔法を使って足下を照らす。


「まぁ、何度も使ったし、初歩的な魔法だからね。そういえば、物に明かりを灯す使い方は、クレアから教えてもらったんだっけ」

「そうでしたね。タクミさん、すぐに覚えてしまって……教え甲斐があるのかないのか、わかりませんでした。……ふふ、初めて森に行った時、セバスチャンが使ったのを見て、タクミさんがマジマジと見ていたのが思い出されます」

「そんな事も、あったかなぁ……?」


 明かりの魔法自体はセバスチャンさんに教えてもらったけど、剣に灯すやり方はクレアに教えてもらったのを思い出した。

 少しだけ膨れて見せたクレアは、森の探索をしていた時の事を思い出したようですぐに微笑む。

 魔法と月の明りに照らされたその微笑みが、なんだか幻想的にも見えて、自分の頬が熱くなるのを自覚する。

 なんとなく恥ずかしくなって、誤魔化すように明後日の方向を見ながら、クレアと一緒にレオ達がいる場所へ向かって歩き出した――。



「月が綺麗だねぇ……あっ」

「本当、そうですね。タクミさん、どうかしました?」

「いや、なんでもないよ」


 レオ達がいる場所へ向かって歩きながら、ふと空を見上げると、青みがかった銀色の月が丸々としていて輝きを放っていた。

 思わず綺麗だなと思って口から出てしまったけど、告白のセリフとして知っている人は知っている言葉だったため、少しだけ焦る。

 隣を歩くクレアを見ると、同じく空を見上げて月を見て微笑むように目を細めているだけで、気付いてはいないようだ。

 まぁ、日本で昔の文豪が言った言葉だから、こちらでは通用しないからだろう……良かった。


 クレアと話したり一緒にいるのは楽しいけど、今はまだ……な。

 焦っている俺をキョトンとして見るクレアが、なんとなく眩しく思いながら誤魔化しておく。


「……それにしても、こちらは星がよく見えるね」


 話を変えるため、月とは別の夜空に輝く星へと向けた。

 ブレイユ村だけでなく、夜でも煌々と明りを灯していないため、魔法の明りを剣に使っていても空を埋め尽くさんばかりの星々がよく見える。

 日本じゃ、街灯や家の明りだけでなく深夜でも営業しているコンビニの明りとかもあって、自然に囲まれた場所に行かないと、あんまり星が見えないからなぁ。

 これだけの星々を見たのはいつ以来だろうか……いや、プラネタリウムなどの施設やテレビとかでしか見た事ないか。


「タクミさんが前にいた場所では、星は見えなかったんですか?」

「見えるには見えるんだけどね。でも、ここまで多くの星を見る事はできなかったよ。確か、地上の明りが多ければ多い程、星からの小さな光を捉えられなくなる……とかだったかな?」

「そうなのですね。あれだけ綺麗に輝いている星の光が届かないなんて、タクミさんがいた場所はどれだけ明るかったのでしょう?」


 星に関して詳しくはないけど、そんな話を聞いた事がある。

 だから、邪魔をする光が少ない山の中とか、街灯などが少ない場所の方が星がよく見えて、天体観測に向いているとかなんとか。


「うーん、俺が住んでいた場所じゃないけど、眠らない街……なんて言われていた所もあったからね。夜でも明りを持たずに、歩いたり走ったりするのに困らないくらいは明るい所が多かったかな。まぁ、日が出ている昼に比べれば、暗いんだけど」

「……明かりを持たなくても困らない、というのは想像ができません」

「そうだろうね。夜ラクトスに行ったけど、篝火があるくらいで……あの篝火の間隔をもっと近付けて、それ以外にも深夜になっても多くの建物から明かりが漏れている状態……が近いかな?」


 ラクトスでは衛兵さん達が見回ったりするため、篝火があるけど、日本の街灯のようにそこら中にあるわけじゃない。

 それなりに広い道でも、ちょっと大通りから離れたら何も明りがなくて真っ暗だったりするからなぁ……懐中電灯ならぬ、明りの魔法は必要だ。


「夜でも気軽に出歩けるのは、そこで暮らす人達にとっていいのかもしれませんね。危険も少なそうです」

「魔物がいない分、危険は少ないと言えるだろうけど……全くないわけじゃないよ。昼より夜の方が犯罪は多かったはずだし……明るいからって、危険がないわけじゃなかったね」


 日本は夜に独り歩きしていても、犯罪に巻き込まれる確率が低いらしいけど、それでもゼロじゃない。


「そうなのですね……」

「人が多くいるという事は、それだけ悪い事を考える人もいるからね。いい人も多いけど。……それにしても、星には詳しくないけど、こういう時星について何か語った方がいいのかな?」

「男性と夜に空を見上げる機会がないので、私はよくわかりませんが……フィリップは、夜空を見上げながら話すと、心の距離が近くなるって言っていました」

「あー、フィリップさんなら言ってそうだし、女性を誘ってたりもしただろうね」


 まぁ、それが成功したかどうかはともかく。

 こちらの世界でも、夜空を見上げてロマンチックな気分に……というのはあるようだ。

 夜遅くまで起きていたり、出歩く習慣は少なくても、移動中に野宿や野営をする事がある分、こちらの方が誰かと空を見上げる機会は多いのかもしれない。

 森の中で野営している時も、何度か見上げたし、見張りの時に誰かが話しに来るのは定番になっていたしなぁ――。



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