第923話 獣人は体にはっきりとした変化が起こるようでした



 リーザの尻尾は俺が屋敷を出発してから二日後くらいの、体調がほとんど元に戻ったくらいの朝、突然生えていたらしい。

 寝ている間にニョキニョキと生えたのか? なんて頭に浮かんだけど、今はセバスチャンさん達の悦明だな。

 リーザ自身は、最初尻尾が増えた事に戸惑っていた様子だったが、さっき俺に楽しそうに報告したように、寝る時役に立つと言って、すぐ気にしなくなったようだ。


 屋敷の人達は、ほとんどが撫でられる尻尾が増えたと歓迎、クレアやヨハンナさんもそのうちの一人らしいが……ともかく、どういう事かとセバスチャンさんと相談した結果、よくわからないという結論になった。

 結局、レオが特に気にしていない事や、リーザ自身が困るではなく喜んでいるので大丈夫だろうと。

 まぁ、元々偏見のある人達じゃないから、本人が喜んでいるなら問題にならないのはわかるけど、歓迎する使用人さんが多かったというのはちょっと面白かったかな……前から、リーザやレオを撫でたがる使用人さんは多かったけど。


「やっぱり、リーザちゃんも変化しましたか……」

「デリアさん?」

「デリアさん、何か知っているのですか?」

「……同じ獣人の方であれば、何か知っているのかもしれませんな?」


 本人が気にしていないのなら、それでいいだろうとクレア達と結論付けた時、デリアさんがポツリと呟いた。

 俺だけでなく、クレアやセバスチャンさんが反応している。

 やはりと言うべきか、セバスチャンさんは興味深々といった様子を隠してすらいない。

 ちなみに、リーザは自分の事なのに頭にハテナを浮かべる感じでキョトンとしている……まぁ、深刻な話じゃないからいいんだけどな。



「あ、いえ……その、先程タクミさんにも話そうとしていたのですが……」


 そういえば獣人と初潮がどうの、という話をしていたっけな。

 レオの声が聞こえたから中断してしまったけど。

 急に皆から注目されたので、おずおずとしながらも先程の話の続きを始めるデリアさん。


「私もそうだったのですけど……初潮が終わった後に、表面に現れる形で変化が起こるんです。私以外の獣人を知らなかったので、獣人全てなのか、私だけなのかはわかりませんでしたけど……」

「変化……デリアさんはどんな変化を? リーザみたいに、尻尾が増えるという事はないみたいだけど」


 ちらりと下に視線を向けると、リーザの尻尾とは違い細長い黒いデリアさんの尻尾がある。

 隠しているわけじゃないなら、確実にその尻尾は一本しかないはずだ。


「リーザちゃんを見るに、どのような変化があるかは獣人によって違うのかなと思います。私は、尻尾が伸びました。元々、今の半分もなかったんですよ、この尻尾」

「そうだったんだ……」

「獣人の女性にだけに起こる変化なのですかな? いえ、男性の獣人を見ていないので確定ではありませんな。今のところは、獣人は成長の証として一定の年頃になると、体に変化が起こる。そしてその変化は、個々によって違う……と考えた方が良さそうです」


 自分の尻尾を自分の手で掴まえて撫でながら、教えてくれるデリアさん。

 デリアさんの尻尾は、生えている位置こそリーザと同じように見えるが、その長さは本人の後頭部に届く程……大体一メートルくらいの長さだ。

 猫は種類にもよるだろうけど、尻尾が長いイメージがあったけど……そうか、最初はもっと短かったのか。

 デリアさんの説明に納得しつつ、セバスチャンさんが話を総合して獣人にのみ起こりえる、特徴だろうと結論付けた。


「まぁ、デリアさんとリーザは尻尾に変化が起こったみたいだけど、もしかしたら別の場所が変化があるのかもしれませんね。例が少なすぎるので、こうだと決めつけるよりはそのくらいで考える方が良さそうです」

「そうですな。ともあれ、本人達が困っていないのであれば、特に問題はないでしょう。元々、隠さなければ獣人というのは一目瞭然でしたから、見せる相手に気を付ければ良いかと」

「そうですね。まぁ、リーザの方は大きな尻尾が二つになったから、隠しにくくなりましたけど……」


 デリアさんとリーザの例だけで、尻尾が変化すると結論付ける事はできそうにない。

 ただ、デリアさんはともかくリーザの方は、体に比べて大きな尻尾が二本になったのでさらに隠しづらくはなったけど……元々、隠そうとしたら背中側の服がこんもりとしてしまうため、隠しにくかったんだけども。

 というか、狐っぽい耳と尻尾を持っているリーザの尻尾が増えるって、九尾の狐かな……と思ったけど、あれは地球の昔話に登場する妖怪だから、この世界で同じようには考えられないか。


「あのー……実は、尻尾が成長した事以外にもありまして……」

「尻尾の変化以外にも?」

「はい。変化が起きてすぐではないんですけど、少しして……多分、体に馴染んだ頃合いに体が急に軽く感じるようになったりとか、他にも……」


 デリアさんが言うには、尻尾が伸びて今までとは長さが違うため、感覚が変わったらしいんだけど、その後体が軽くなったように感じ、身体能力が今までよりも急に伸びたらしい。

 それまでは、村の子供達よりもかけっこが早いとか、そのくらいだったらしいんだけど、尻尾が伸びてからは村の大人達すら敵わない程になったとか。

 ただ、身体能力が上がっていい事ばかりではなく、尻尾を自由に動かせない状態……つまり隠そうとして服の中に入れたりしてしまうと、途端にバランスが取れなくなってしまったらしい。

 初めて会った時、走って転んだり歩くのでも不安定な感じがしたのは、そのせいだとか。


 変化が全ていい事ばかりではなく、短所も作ってしまうようだ。

 尻尾が伸びたために隠しづらくもなって、バランスもとりづらくなったので、ちょっと苦労した……とデリアさんは苦笑しながら言っていた。

 伸びれば確かに尻尾は隠しづらくなるだろうけど、大きくなるとかではなく単純に数が増えたリーザだと……。


「どうしたの、パパ?」

「いや、なんでもないよ」


 視線を向けると、不思議そうにするリーザ……抱いている体の下では、俺に擦り寄せたりゆらゆら揺らしたりと、二本の尻尾が自由に動いていた。

 元々隠しづらい大きな尻尾が倍になったのだから、もう隠せないと考えた方が良さそうだな。

 無理に隠そうとして、リーザが不便な思いをしてしまってはいけない。

 まぁ、屋敷の人達やラクトスに住む人達、ランジ村の人達の前では隠さなくても大丈夫だけど――。



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