第915話 森にお墓を作りに行きました



 お墓参りのあとちょっとした約束をして、フェンリルは力の入らない片足がありながら器用に走って森へ戻る。

 デリアさんはまた後で俺と一緒に枯れる前の花を摘み取る予定にして、村へと戻った――。



―――――――――――――――




「ここで、私とお母さんが……」

「ガフ」


 日が変わった深夜に、比喩ではなく本当に花を摘みに行ったあと少しだけ寝る。

 起きてからは、ちょっと試したい事をやっていたりして、寝不足気味になりながらも、デリアさんと一緒に村を離れてフェンリルと合流。

 一緒に森の中へと入った。


 合流したフェンリルに案内された場所は、狩りで来る場所よりも少しだけ奥まった場所……赤ん坊だったデリアさんと母親と思われる獣人が、トロルドの集団に襲われていた所だ。

 さすがにかなり昔の事なので、痕跡とかはなにもなく、知らなければ素通りするような場所だったけど、デリアさんは感慨深げに周囲を見回している。


「ガフ」

「……デリアさん」

「はい。……お母さん、でいいのかな? 貴女が私を守ってくれたおかげで、こうして元気に成長して暮らしています……」


 ここだよと、フェンリルが鳴きながら鼻先で示した地面、そこにデリアさんを守った母親と思しき人が眠っているんだろう。

 そこは他と何か変わりがあるような事はなく、長い年月が過ぎたためか、薬草でも花でもない雑草が生えていた……当然ながら、周囲にもトロルドが暴れたような痕跡もない。

 穴を掘って埋めたといっても、墓標を立てているわけでもないのでそうなるのも仕方ないし、怪我を負ってまで赤ん坊だったデリアさんを助けたフェンリルに、手入れまで望むのは行きすぎだしな。

 フェンリルに頷き、デリアさんを促すとカルヤカトさんのお墓の前と同じようにしゃがみ込み、話しかけ始めた。


 それと同時に、草をかき分けている。

 名前がわからないので、無記名になっているけど、墓地と同じように木の板と墓石になりそうな物も持て来ているから、ここを一応のお墓にするためだな。

 とは言っても、森の中なのでこまめな手入れは望めないし、いずれ朽ちてしまうだろうが、わかっていてもデリアさんが望んだ。


「あ……タクミさん、これ……?」


 草を抜いたりかき分けたりしていたデリアさんが、何かに気付いた声を上げ、俺を呼んだので後ろから覗き込んで見ると……。


「どうかし……あぁ、デリアさんのお母さんは、花が好きだったのかもしれないね」

「そう、なのかもしれませんね。かわいらしい花です」


 しゃがんでいるデリアさんの肩越しに覗き込んだ場所には、一輪の小さな花が咲いていた。

 他に雑多な植物がある中で、それだけは懸命に咲き誇っており、タンポポのよりも小さいながらも綺麗な花を見せてくれる。

 フェンリルは首を傾げているから、わざわざ花を植えたりはしていないだろうし、本当に偶然なんだろうけど……なんとなく、デリアさんを守っていた母親の気配のようなものを感じた。


「さて、フィリップさんにデリアさんを任せたし、俺は……」


 咲いている花だけはそのままにしておく事にして、他の植物を取り除いているデリさんの方は、一緒に来ていたフィリップさんに手伝ってもらい、俺は別の事をするため、フェンリルに近付く。


「ガフ?」

「いや、撫でるためじゃないんだが……まぁいいか」


 俺が近付いてきた事を、フェンリルは撫でてもらえると勘違いしたのか、お座りして頭を差し出す。

 期待させてしまったようなので、とりあえず撫でておこう。


「えっと、デリアさんを助けた時に怪我をしたんだろう? 右足だったな」

「ガフ……」

「……ちょっと、傷口を見せてくれないか?」

「ガフ、ガフガフ……」


 撫でながら、怪我をしているはずの右足について聞くと、何やら後退るフェンリル。

 嫌がっているんだろうけど、見ない事にはどうしようもないと、お願いすると抗議するように鳴いた。


「うーん……どうしても見せてもらえないか?」

「ガフ……? ガフ……」

「ありがとう。えーと、ここだな……」


 もう一度お願いすると、渋々というのがはっきりわかる鳴き声を出した後、左向きになってお座りし直して、俺に右足を見やすくしてくれる。

 お礼を言いつつ、近付いて右足の付け根辺りを見てみると……。


「成る程……結構深かったんだろうなぁ……痛かっただろう?」

「ガフ……ガフ!」


 フェンリルの右足の付け根は、他の場所と違って一部だけ毛が剥げており、拳大の傷跡が残っていた。

 何かが刺し傷なのか裂傷なのか、素人の俺には判断が付かないけど、それでも大きさから相当な怪我だった事が窺える。

 これだと、デリアさんを運ぶのも苦労しただろうに……もしかすると、他はモコモコの毛なのにここだけ地肌が見えているので、恥ずかしくて見せたくなかったのかもしれない。

 労うように撫でると、同意するように一度鳴いた後、すぐになんでもなかった! と主張するように鳴いた。

 強がるのはいいけど、撫でられて油断した後だからなぁ。


「まぁ、なんにせよ、このままだと走るのも歩くのも辛いだろう? だから、これを使って……」

「ガフ!?」


 フェンリルに声をかけながら、懐に入れていた薬草……ロエを取り出して傷跡に当ててやる。

 すると、みるみるうちに傷跡がなくなり、怪我をした場所とは思えない状態になった。


「驚かせてしまったか、すまないな。でも、もう右足は動くだろ?」

「……ガフ? ガフ……ガフ! ガフ!」

「ははは、良かったなぁ!」

「ガフガフー!」


 何を!? と言うように鳴いて、瞬時に俺から離れたフェンリル。

 だけど、傷跡がなくなり自由に動かせるようになった右足を確認すると、喜びを表現するように尻尾をブンブン振りながら俺の周囲を駆け回り始める。

 嬉しそうなのは伝わってくるので、俺もなんとなく嬉しくなり、再度お座りしたフェンリルを撫でまわして一緒に喜びを共有した。


 その際、お座りしている姿は重心が不自然に左へ寄っておらず、ちゃんと両足をで体を支えていた。

 ……さすがに、足が動くようになってすぐだから、走り回る時もお座りしている時も、ちょっと不格好になって慣れている片足の方が楽なんじゃないかと思ったが、すぐに慣れて怪我をする前のようになるだろう――。



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