第913話 現実逃避は程々にしました
「よーしよしよし!」
「ガフ~」
結局、何度言っても改める様子がなかったり、フェンリルと一緒に「飼ってくれないんですか?」「ガフ?」とか、捨てられた子犬のような目をされて俺が折れてしまう形になってしまった。
いや、デリアさんは犬ではないし、フェンリルは巨大な狼だが……。
なので、現実逃避を求めてフェンリルを動物王国の主よろしく、両手や全身を使って撫でまわしている。
気持ち良さそうなフェンリルは、あっさりとお腹を見せてくれたので、フェン達と同じように撫でてやった……その際、「やっぱりフェンリルすら簡単に従えてしまう人、飼い主になってくれたら光栄です!」なんでデリアさんが目を輝かせていた気がするけど、今の俺には通用しない。
「……タクミ、そろそろ戻ってきた方がいいんじゃないか? 気持ちは……わかるとは言えないが。いや、フェンリルをそこまで簡単に撫でて懐かれるのは、凄いと思うがな?」
「うぅ……現実に戻すなんて、フィリップ酷い!」
非情にも、現実に引き戻そうとするフィリップさんの声。
わかってはいるし、人によっては現実逃避する程の事でもないのかもしれないが……年上の女性から俺が飼い主と言われて、平然としていられる精神を持っていない。
俺、レオって名前の犬は飼った事はあるけど、猫は飼った事ないんだよなぁ……。
「そう言われてもな……おっとそうだ。ちゃんとセバスチャンさんだけでなく、クレアお嬢様にも俺から報告しておくから!」
「むしろ、フィリップに報告された方が、安心できない!」
フィリップさんから報告されたら、面白おかしく伝えられるに決まっているので、それだけは避けないといけない。
クレアからは白い目で見られそうだし、セバスチャンさんからは存分にからかわれてしまいそう……さらにそこからライラさんとかにも伝わって、変なノリで皆からデリアさんみたいに飼い主と言われたり……というのは考え過ぎか。
いや、ミリナちゃんあたりは本当に言いそうだ。
「はぁ、逃避するのはこのくらいにして……本来の目的に戻らないとな」
「ガフ?」
「気持ち良かったのはわかるけど、ずっと撫でていられないから……そうだ、フィリップが代わりに撫でてくれるそうだぞ?」
「え!? いや、確かにフェン達は屋敷の者達と撫でた事があるけど……」
「ガフゥ……」
ずっと現実逃避はしていられないので、溜め息を一つ付き、フェンリルを撫でていた手を離して立ち上がる。
その際、もう終わり? と残念そうな反応をするフェンリルだが、代わりにフィリップさんに撫でてもらう事にした。
フィリップさんはレオが近くにいて、森に行った時からでそれなりに慣れているフェン達はともかく、会ったばかりのフェンリルを撫でるのは少し抵抗があるようだ。
まぁ、さっきあれだけの覚悟を決める程だったし、そうなる強い気配を感じたんだから、仕方ないけど。
「これが、デリアさんを育てた人のお墓なんだね」
「はい。お爺ちゃんのお墓です。――お爺ちゃん、ちょっとだけ久しぶりになるかな? 今日は驚く人を連れて来たよ……」
仕方ないなぁと鳴くフェンリルをフィリップさんに任せ、少しだけ移動して本来の目的である、デリアさんを拾った人のお墓参り。
そのお墓は、他よりも少しだけ大きめの墓石なのは、木こりの親方さんだからだろうか……綺麗にされているように見えるので、慕われていたんだろう。
お墓で安らかに眠っているお爺さんに向かって、しゃがみ込んで俺を紹介するデリアさん。
突き立っている木の板にカルヤカト、と書かれているのはデリアさんのお爺さんの名前かな。
「お爺さんの名前は、カルヤカトっていうんだね」
「はい。私はもっぱらお爺ちゃんと呼んでいましたけど、村の人達にはそう呼ばれていました。いつもにこにこしていて、獣人の私だけでなく、他の人達にも優しいお爺ちゃんでした」
デリアさんからの紹介が一段落した頃合いに、木の板に書かれている名前を読む。
カルヤカトというお爺さんは、木こりの親方で温和な性格だったらしい……今の親方とは別方向の性格だな。
今の親方は、よく行って豪放磊落な職人気質……悪く言えば大雑把な印象だ。
いや、優しくないとかじゃないけど、なんとなくイメージがな。
「えーっと……カルヤカトさん、タクミです」
デリアさんと同じようにお墓に向かってしゃがみ込み、カルヤカトさんに自分の事やデリアさんの事も含めて、丁寧にあいさつ。
そうしながら、癖とも言えるかもしれないけど、目を閉じて合掌する。
目を開けた時に隣にいるデリアさんを見ると、キョトンとして不思議そうな目で見られていた。
こちらでは手を合わせる習慣はないらしく、本来は黙とうするだけらしいのだが、こればっかりは習慣だからなぁ。
「ありがとうございます、タクミさん。お爺ちゃんも喜んでいますよ」
「そうだといいなぁ……」
温和な人のようだから、デリアさんに近付いて怒られたりという、ここへ来る前の予想は当てはまらないだろうけどな。
ともあれ、デリアさんが嬉しそうに尻尾を振っているから、ここまで来た甲斐があるんだろう。
それならと、自分にもできそうな範囲で、デリアさんだけでなく村の人達を喜ばせられそうな事を思いついた。
余計なお世話かもしれないけど……。
「デリアさん、お花を供えたりする習慣とかってここらにはないのかな?」
「他の村ではお花を、というところもあるって聞いた事はありますけど、ブレイユ村ではありませんね。森や草原が近いので、草花はありますけど」
「そうなんだ……」
村と墓地が少し離れているから、わざわざ花を摘んで持ってきて、お墓の近くに植えるという習慣はないようだ……まぁ、手間がかかるから仕方ないか。
墓地を見回すと、お爺さんやお婆さん達が持ってきたのか、それとも家族が用意したのかはわからないけど、それぞれの墓石の前に野菜などの食べ物が置かれているのを見かけるから、お供えをしないわけではないんだろう。
お供え物の大半が、サーペント酒ばかりなのは……ブレイユ村特有なんだろうけど。
ともあれ、なんとなく殺風景な気がしたのは花を供えられていないからか……。
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