第907話 村での生活は時間に余裕があり過ぎました



「それじゃ、ニコラ。手間をかけるけど、よろしくお願いするよ」

「はっ」

「あまり急がずゆっくりなー」

「いえ、片道一日……往復二日で戻って参ります」

「……そこは、休む時間も必要だから三日にしよう」


 村での生活に慣れてしばらく、早朝に出発して屋敷へと戻るニコラさんのお見送り。

 馬に乗って急げば一日で屋敷に戻れるから、確かに二日でブレイユ村と屋敷を往復できるだろうけど、無理はして欲しくないので三日でお願いする。

 フィリップさんは、村でのんびりしたいからゆっくりと言ったんだろうけど、ニコラさんが休む時間も必要だからな。


「では、タクミ殿」

「うん。クレアやレオ、リーザ達によろしく伝えて」

「承知しました」

「大丈夫だろうが、一応気を付けてな~」

「某は一応ですか。いえ、フィリップ殿の方こそ、気を付けないと後でセバスチャン殿に怒られますからな?」

「はっはっは、大丈夫。今回はランジ村のような失敗はしていないから!」

「はぁ……それでは、行って参ります」

「うん、気を付けて」


 馬に跨り、お互いに声をかけあってから、出発するニコラさんを見送った。

 今回、ニコラさんだけ村を離れて屋敷に戻るのは、クレア達への報告も兼ねてだ。

 それと、屋敷にいるレオやリーザの様子も気になったからな。

 村に滞在してそれなりに経っているから、そろそろ屋敷に戻ろうかと思ったんだが、ニコラさんがまず屋敷との連絡を取る事となった。


 居候というか、もはや屋敷の住人として認識されているので、俺が戻るのに先触れとかは必要ないんだけど、予定を伝えておきたいのと往復の日数をプラスで滞在して、ニコラさんが戻って来たくらいに屋敷へ向かうのが丁度いいかなと考えた。

 それと一緒に、ラクトスで荷馬車の手配もしてもらう手筈になっている……カナートさんと交渉っぽい事をして、相当数のニャックを買う事になったから、それを運ぶためだな。

 すでに村の方は運び出す準備が整っていて、ニャックを買い取るお金は払っているので、後は屋敷に運ぶだけだ。

 ランジ村でワイン樽を買った時よりは安かったし、今回も念のためお金を持って来ていたのでなんとかなった。


「それじゃデリアさん、案内をお願い」

「わかりました、お任せください。でも、本当にいいんでしょうか?」

「デリアさんを雇うのも含めて、挨拶しておきたいからね。それに、のんびり過ごさせてもらっているし、時間も空いているから」


 一緒にニコラさんを見送り、走って行く馬に向かって手を振っていたデリアさんに声をかけて、今日行く予定になっている場所の案内をお願いする。

 デリアさんは、俺がそこに行く必要はないだろうと思って、時間を割くのを遠慮しているようだけど……この村で滞在していると、実は暇なんだ。

 村の人達とは、宴会の時にほとんど顔見せできたし、夜に剣の鍛錬を欠かさずやる事以外は他にやらなきゃいけない事も少ない。

 まぁ、自分達が生活するために必要な事をするくらいだけど、そんなに時間がかかる事じゃないからな。


 他にする事と言えば、日中は基本的に畑を見たりペーターさんと話すくらいで、後は木こりさん達が魔物の痕跡を見つけたら、デリアさんと一緒に狩りへ行くくらい。

 あとは、元気が有り余っている子供達の相手をするくらいで、他にやる事がないんだ。

 お爺さんやお婆さん達は、話し相手になってくれるだけでもありがたいと言ってくれるけど、日がな一日話しているだけというのも落ち着かないからなぁ。

 日本で仕事に追われていた影響で、のんびりと暮らしたいと思っていたけど、やる事がないのが落ち着かないというのは自分でもどうなんだろうと思うが……そこはランジ村に行ってから、追々意識を変えて行ければいいかなと思っている。


「タクミさんが来て下さったら、お爺ちゃんもきっと喜びますよ」

「そうかなぁ? 親方みたいに、デリアは渡せんとか思われたりして……」


 案内されて向かっている先、それは森の中でフェンリルと遭遇し、デリアさんを拾って育てた木こりさん……デリアさんのお爺さんのお墓だ。

 デリアさんを雇う事に際して、お墓参りくらいはしておかないといけないと思って、案内をお願いした。

 俺がデリアさんを雇うと、ランジ村に連れて行く事になるので、ブレイユ村を離れる事を快く思ってくれるかどうかはわからない。

 故人なので、何か言われる事はないだろうし、この世界には霊魂的な考え方はないようで、ただお墓の下で安らかに眠っているという感覚らしいが、挨拶くらいはな。


「あの親方、タクミの事を気に入っている反面、デリアさんに近付く悪い虫みたいに考えているみたいだ。まぁ、俺に敵意を向けるみたいに、タクミに対しては今のところ親しく接しているが。どうして俺だけ嫌われているんだろう?」

「それは、フィリップの自業自得なのでは?」

「村の若い女性、全員連れて行くなんて噂になっているみたいですよ? 女性達の方は、フィリップさんが本気じゃない事に気付いているみたいですけど」


 冗談めかして親方のようにと言ったんだけど、一緒に歩いていたフィリップさんが不満そうに反応。

 あの宴会以来、マメに村の女性達……特に若い娘さん方に声をよくかけているフィリップさん。

 そのせいで、村の未婚の男性達からは嫉妬されるような目で見られているうえ、親方からは嫌われてしまった。

 まぁ、デリアさんの言うように、女性達はフィリップさんが本気とは思っていないらしく、話をしているだけで特に恋愛に発展するような事はなさそうだけど。


「……おかしい、俺はどの娘にも本気なんだが……」

「え、そうなんですか? あれで?」

「デリアさん、あまり言ってあげない方がいいよ、うん。まぁなんにせよ、フィリップさんが本当に女性達を連れて行くという事はないのは確実だ」


 噂はともかく、デリアさんに言われて唸るフィリップさんは、なぜ女性達に本気にされていないのかわかっていない様子。

 結局、出発前にフィリップさんが自分で言っていたモテるというのは、実際微妙だという事が証明されてしまった……本人はいたって本気らしいけど。

 若い女性と見たら誰にでも声をかける事、話しかけ方が軽薄な感じな事と、どの娘さんにも同じような事を言っていたり、複数同時に口説こうとしていたりもするうえ、常に近くに俺やデリアさんがいる事が原因だと思う。

 まぁ、俺が一緒にいるのは護衛をするうえで必要だからで、そこはちょっと申し訳なく思うけど、他の事に関しては擁護のしようがない――。



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