第893話 森の中で魔物の痕跡を複数発見しました



 アウズフムラの物と思われる足跡を発見してすぐ、他の木こりさん達やフィリップさんとニコラさんも、緊張した様子で当たりを窺い始めた。

 いつの間にか、俯瞰して見るために離れていたニコラさんは、俺の隣に来ている……護衛をしてくれるためだろう。


「皆、静かに!」

「っ……」


 小声だが、鋭く皆に注意を促したデリアさんの声に、息を飲む。


「……微かにですけど、音が聞こえます」


 足跡が続いている方を見ながら、俺達にだけ聞こえる声で話すデリアさん。

 俺には聞こえないし、ニコラさんや他の人も眉根を寄せて耳を澄ましている様子だが、デリアさん以外は聞こえていない様子。

 そのデリアさんは、猫耳を忙しなく動かしているから、聴覚が俺達人間よりも優れているんだろう……レオやリーザも、俺より音がよく聞こえるみたいだからな。


「この足跡の奥に、おそらくアウズフムラがいるはず。親方?」

「あぁ、狩りに来た訳だからな。行こう」

「はい」


 デリアさんが後ろを振り向き親方さんに指示を仰ぐと、頷いて先へ行くよう促す。

 それを見て、他の皆とデリアさんが頷き、先へと歩を進めようとした時、アウズフムラの足跡とは別の跡っぽい物を見つけた。


「あ、ちょっと待ってっ」

「どうしましたか、タクミさん?」


 思わず少し大きめの声が出たけど、この状況に慣れていないので許して欲しい。

 俺の声にデリアさんが止まって、こちらを見る。

 その視線を俺が見ている方に向けるよう、指を指示した。


「あれ、アウズフムラの足跡とは違うんじゃないかな? デリアさんの場所からは見えなくて、俺からも見えづらかったけど……」

「あれは……ちょっと調べてみます」


 示した場所は、木々に隠れてデリアさんの死角になっていた場所。

 おそらくアウズフムラの足跡にだけ注目していたので、疎かになっていたのもあるんだろう……俺が見つけた跡は、アウズフムラの足跡とは明らかに大きさが違った。

 しかも、左右の跡が前後に開いているという事は……四足ではなく二足だと推測できる。

 気付いたデリアさんは、その跡にススっと近付いて調べ始めた。


「……これは、オークの足跡ですね。アウズフムラと同じ方向に向かっています。オークがアウズフムラを追っている? いえ、逆かもしれませんが……」

「おいデリア、これを見てみろ」

「こっちは、サーペントが這いずった跡? 草原にいても森にはほとんどいないはずなのに……一体どうして……?」

「えっと、何か問題が起こった、と思っていいのかな?」

「問題という程では……オークは足跡から一体だけなので、ここにいる皆で簡単に対処できますし、サーペントも同様です。ですけど、アウズフムラだけでなくオークとサーペントが同じ方向に向かっている、というのは少しおかしいですね」


 俺が見つけた足跡は、オークの足跡だと調べたデリアさんが教えてくれる。

 どちらがどちらを追いかけているのかはわからないが、オークとアウズフムラに何がしかの争いがあったと考えていいのかもしれない。

 さらに、周囲を見渡していた親方さんが、木の幹についている微かな跡を発見。

 そちらはサーペントのようで、よく見ると確かに何かが這いずった土の跡のようなものが付いている。


 アウズフムラだけでなく、オークやサーペント……これは問題が大きくなり過ぎかな? と思ったけど、デリアさんからはそこまで大きな問題ではないとの返答。

 確かに、オーク一体くらいなら俺やフィリップさん、ニコラさんでなんとかなるし、サーペントはこちらが複数で対処すれば大丈夫そうだ。

 アウズフムラと協力するわけもないから、連携して襲って来る心配もないので、問題らしい問題じゃないかな?


「場合によっては……おそらくアウズフムラが一番強いので、オークやサーペントはただやられている、という事も考えられます。まぁ、サーペントにはちょっと苦戦するかもしれませんけど」

「あぁ、突進する事が多いと、体の長いサーペントにはちょっと苦労するかもね。地面や木の幹を這いずるから、標的も定まりにくいし」

「はい。むしろ苦戦してくれた方が、アウズフムラの動きが鈍ってて狩りやすいかもしれません。これはあくまでいい方向に考えればですけど。サーペントが咬み付いて毒を流し込んでいればですね」


 オークは人間に近い大きさだから、木々の合間を縫ってアウズフムラが突進を当てやすいから問題ない……オークも突進してくるが、話を聞く限りだとアウズフムラの方がかなり強力そうだしな。

 サーペントは、体が細長いからアウズフムラが突進を当てづらい事はあるだろうけど、結局負ける事はないだろうとの事……ただ、毒を流し込まれていたら、痺れ毒で動きが鈍っている可能性もあるので、むしろ好都合という事だろう。

 問題というよりも、どちらかというとアウズフムラを狩りたい俺達側にとって、有利な状況になっているとも言えるか。


「一つよろしいでしょうか?」

「ニコラさん?」

「サーペントが森へ迷い込んでいる事も不思議ですが……その全てが同じ方向、いえ、元を正せば同じ方向から来て同じ場所へ向かって、跡を残しているというのが、少々不思議に感じます」

「言われてみれば……全部同じ方向から来ていますね」


 デリアさんや親方さん達と同じく、周囲を調べていたニコラさんの指摘は、跡を発見したがそれぞれ来た方向も同じだという事。

 俺達は途中の跡を発見して跡を追っていたが、よくよく考えると、それぞれ別の魔物が同じ方向から黄て同じ方向へ向かっている、というのは些か不自然に感じるか。


「偶然という事も否定できないので、ただ不自然に感じるだけなのですが……他に、何者かの足跡はありませんし……」 

「それなら、きっと大丈夫です」

「え、そうなんですか?」


 不自然だから、何かあるかもと警戒すると思ったんだが、デリアさんは特に気にした様子はなく、あっけらかんとして笑顔すら見せている。


「……また、デリアの狩り運か。ま、だからこそ俺達もデリアに手伝ってもらう事が多いんだが」

「狩り運?」

「私が狩りを手伝う時って、前もって魔物の痕跡を見つけた時なんですけど……その時の痕跡って、今と同じようにいつもどこからか来た魔物の足跡とかが、同じ方向に向かっているんです。明らかに別々に移動しているように見える魔物達も、ですね」

「だから、オークを狩るのも楽になるついでもあって、デリアに協力を頼む事が多いんだ」



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