第892話 木こりの親方さんは癖の強い人のようでした



 妙な呼び方を求める親方だが、左のこめかみから頬を通って顎にかけて怪我の跡があるのもあって、かなりの強面だ……眼光も鋭い。

 とはいっても、迫力とか威圧感とかは、真面目な時のエッケンハルトさん程ではないけど。


「ほぉ、俺を見ても怯まねぇし、呼び方にも突っ込まねぇか。大した胆力だ」

「タクミさんは凄いんですよ!」

「いや……そんな事は……」


 むしろ、突っ込んで欲しかったのか……? 会ったばかりだから失礼のないようにと思ったんだが、親方さん的には突っ込んで欲しかったらしい、少し寂しそうだ。

 あと、デリアさんが俺を褒めているけど、わりと懐いた相手を称賛する癖があるのかなぁと思う……過剰評価や失望させないように気を付けよう。


「しかし、デリアがこんなに懐くなんてなぁ? これは、親方も気が気じゃねぇや」

「そうそう。先代から受け継いだのは、仕事だけじゃなくデリアの事もって常々言ってるからな」

「デリアがどんな男を連れて来るかと思ったが、親方にも怯まないたぁ、見込みがあるんじゃねぇか?」

「あ、親方が睨んでる睨んでる。やっぱり村の外から来た男に懐いているのは、面白くないみたいだぜ?」

「う、うるせぇ!」

「あ、親方が反応した。強めに言わなくても、ちゃんと反応するんですね」

「……さっきのはデリアの冗談だ。親方と呼べば、反応くらいはするに決まっているだろう」


 フィリップさん達と挨拶していた他の木こりさん達が、それぞれこちらの様子を見ながら笑い、親方さんをからかうように話している。

 それを聞いて、どなる親方さん。

 結局強めに言わなくても反応するんだなぁ……と呟いて突っ込むと、親方さんはなぜか嬉しそうだ。

 って、最初に親方ぁ! って呼べと言ったのは本人なんだが……なんというか癖の強い人、かな?


 一応、話を聞くにデリアさんの後見人のようになっている人らしい。

 まぁ、他の人も含めて悪い人達じゃないんだろう、癖が強くて対処に困るけど。

 フィリップさんやニコラさんに助けを求めるように視線を向けると、すぐに察したのか俺に任せるとばかりに手を振っていた……むぅ。

 任されてもなと思うが、仕方ない……俺に任されたのだから、どう対処するのも俺次第という事だしな――。



 ――挨拶をしたり、少しだけ話した後は村を出て真っ直ぐ森へ向かう。

 森は村から歩いて数十分のところにあり、入り口は目印なのかわかりやすく切り株が複数ある場所だった。

 森と村の間に、薬草畑の土地を確保できるくらい離れているランジ村とは比べて、ブレイユ村は森に近いようだ……計っていないが、歩いた感覚では大体一キロ以上二キロ未満と言ったとこだな。

 ランジ村も木を伐り出す仕事をして、樽などの製造をしているはずだけど、ブレイユ村は木材など多くの木を伐って使っているから利便性を考えて近いのかもな。

 まぁ、あまり近すぎても魔物が森から出て来た時に、発見から村への侵入まで時間が少なくなってしまうので、こんなものだろうと思う。


「はっはっは! 細いから森に入るのはどうかと思ったが、中々どうして、話しのわかる奴じゃねぇか!」

「そ、そうですねー。はい。まぁ、オークくらいならなんとでもなりますよー、はい。話がわかるのと、剣の腕は別ですけど、そうですねー、はいー」


 森へと移動する間、親方さんはフィリップさんとずっと話していた。

 俺に任されたのだから、誰が親方さんと話すのか決めてもいい事だと判断し、ニコラさんに協力してもらって、お酒の話を餌にフィリップさんに促す……というより、強めに押して親方さんと話すように仕向けた。

 見た目からの判断だったが、やはり親方さんは酒好きらしく、同じくお酒が好きなフィリップさんと話があったようで上機嫌。

 まぁ、フィリップさんの方は割と適当な返事をしていたり、俺をジト目で見ている気がするけど、気にしない気にしない。


 全体を俯瞰して見れるからと、移動する集団の後ろからついて来ているニコラさんは、あからさまにホッとした溜め息を吐いているのを、俺は見逃さなかった。

 ニコラさんはまぁ、あぁいう人の対応は苦手っぽいからな……あと、こういうのはフィリップさん担当がしっくりくるし。

 それに、子供達と遊んだ時にフィリップさんはいなかったのでこれで平等だ、多分。


「場所が違うだけで、同じ森でも様相が違うもんだなぁ」

「この辺りは木こり衆が、木を伐採していますから。なので、少し開けているんです」


 森の中に入り、辺りを窺いながら歩いている。

 以前入った場所とは違い、木々が立ち並んではいるけど日の光が遮られる程ではなく、十分に足下が見えるくらい明るい。

 さらに、獣道のような場所があったり、草花や移動を邪魔する蔦などもほとんどなかった。

 デリアさんが言うように、木こりの人達が普段から入って来ている場所なため、邪魔な物は排除されているし、何度も往復しているので道のようなものができているんだろう。


 言われて辺りを見てみると、確かに入り口にあったような切り株だとか、倒されて枝葉が伐られた大木があった。

 思ったよりも開けてはいないが、それでも少し薄暗く感じるくらいで空は見えるし、この辺りが普段の作業場なんだろう。

 森を進む隊列は、デリアさんと俺が先頭で、最後尾は変わらずニコラさんがいて、真ん中に親方さんとフィリップさんがいて、周囲を警戒しているようだ。


「タクミさん、そろそろ注意した方が良さそうです」

「何か、気配でも感じる?」

「気配はわかりませんが、あれを……」

「……足跡、かな?」


 デリアさんに注意されて、今まで以上に辺りを警戒しつつ聞くと、気配ではなく痕跡を発見した。

 それは何者かの足跡のようだったが、明らかに人間の物ではないとわかる大きさだった。

 さらに言えば、左右の足跡が前後に二つあり、森の奥へと続いている……右足と左足の跡は左右に離れ過ぎているから、おそらく四足の何者かだと思われる。


「あれが、アウズフムラの足跡です」

「成る程、あれが……」


 大きさはレオとの足跡と同じくらいかな? 裏庭で走り回った後に、屋敷に戻って絨毯が汚れた時に付く足跡を思い出した……最近は、ちゃんと拭いているから汚れたりしないが。

 だが、レオは可愛くすら感じる肉球の跡が付くのに、今発見した足跡にはそれがない……アウズフムラが牛だとするなら、蹄の跡って事なんだろう――。



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