第856話 鍛錬の事をニコラさんに聞きました



 ニコラさんから俺ならいずれはできると言われた、エッケンハルトさんとニコラさんによる、刀の使い方見本……というか模擬戦。

 あの時離れて見ていたにも関わらず、二人の刀がほとんど見えないくらいの速度だったし、体の動きもとても真似できそうな動きじゃなかった。

 まぁ、あそこまで上達したいと思わなくもないけど、自分にできるとは思えないんだよなぁ。

 一応、オークを倒せるくらいの腕前にはなったし、元々運動ができないわけではないけど……ニコラさんとエッケンハルトさんの動きは、特別な人にしかできないように見えたから。


「そんな事はありませんよ。今も、タクミ様が剣を振る姿を見ましたが、確実に成長なさっていると思います。やはり、鍛錬の量を積み重ねるというのは、一つの最適解なのでしょう」

「自分に、剣の才能があるとは思いませんから、がむしゃらに鍛錬しているだけなんですけどねぇ……」

「それもしかり。ですが、ひたむきに努力するのは誰でもできる事ではありません。それも才能というのであれば、そうなのでしょう」


 そうなんだろうか? 鍛錬は基本的にエッケンハルトさんから言われた事をこなしている部分が多く、自分からどういう鍛錬をしたいという意見はない。

 その代わりに、ひたすらにこなしているだけなんだが……それがニコラさん達にとっては、褒めるべき事なのかもしれない。

 多少どころか、薬草がなければできない量の鍛錬ではあるけど、体をいじめる……と言うと語弊があるかもしれないが、多少の疲れも無視したり、言われた事をひたむきにこなそうとするのは、日本で働いていた時に散々やってきた事だからなぁ。

 以前は、言われた事を言われた通りにやって、自分の意見や考えを混ぜないようにしないと怒られていたし……いや、以前の事は今思い出さなくていいか。


「量も量ですから……タクミ様のように薬草があるとしても、鍛錬を続けるというのは難しいと思います」

「でも、俺だけじゃなくティルラちゃんも、同じように鍛錬をやっているんですけど?」

「ティルラお嬢様は、年齢的に少々加減されてはいますが、同じくタクミ様が頑張っているからというのもあるかと。生来、素直な性格なのもあるでしょうか……それは、タクミ様も同様です。御屋形様に鍛錬内容を提案した時は、フィリップさん達に呆れられましたが、順調にこなせているようで安心していますよ」


 ニコラさんの言うように、フィリップさんも言っていた兵士さんが一日でこなす以上の量を、昼食から夕食までの時間でこなしているから、それだけでも多いというのはよくわかる。

 まぁ、兵士さんの訓練一日分とかいうのは、フィリップさんから聞いて初めて知ったんだけど。

 ともあれ、薬草があってなんとかこなせてはいるけど、ティルラちゃんも同様に通常なら嫌になって辞めたりする人が出る程なのかもな。

 それができているというだけでも、ちょっとした自信にはなるか。


「……そういえば、鍛錬の内容はニコラさんが決めたって、フィリップさんが言っていましたね?」

「おや、聞いていましたか。はい、某が決めさせて頂きました。御屋形様から命じられましたが、光栄な事です」


 ニコラさんが自分から言ったので、移動中にフィリップさんと話していた事を思い出したけど……本当にそうだったのか。

 初めて剣を習う時、エッケンハルトさんから直接鍛錬の指示を受けたと思っていたんだが……事前に決めていたのかな?


「初めて剣を習う時、エッケンハルトさんがその場で決めていたように見えたので、ニコラさんが決めているなんて思っていませんでした……」

「あぁ、あの時その場で決めていたのはその通りですよ。覚えていませんか? 剣を習い始める直前、屋敷の裏庭で某と会っていた事を?」

「あー、そう言えばそうでした……って、それじゃ……」

「はい。タクミ様やティルラお嬢様が、御屋形様から剣を習うのを見ながら、合図を送って鍛錬の内容を決めていました」


 ……そんな事が行われていたのか……。

 確かに、剣を習うとなって緊張しながら裏庭に言った時、ニコラさんがテーブルを出してお茶を飲んでいたのに遭遇したけど……。

 あの時は、初めて湯飲みに紅茶らしきものを入れて飲んでいたのと、和風な雰囲気を醸し出しているのに、西洋鎧を着ていて不釣り合いだなぁ……という意識しかなかった。

 よく考えればあの時、教えられている最中の視界の隅で、フィリップさんやニコラさんがいた気がする……ヨハンナさんもかな? 課せられる鍛錬を必死でこなしていたから、おぼろげだけど。


「そうだったんですね……フィリップさんが言っていたのはこの事だったんだな。まぁ、聞く限りではエッケンハルトさんの訓練は厳しいらしいので、今となってはニコラさんとか別の人に鍛錬の内容を決めてもらった方が、いいと言えますかね?」

「ふむ、そうとも限りませんな。フィリップさん達はよく、御屋形様の訓練を思い出したくないと言いますが、某には充実した訓練に感じました。それはともかくとして、実際現在タクミ様がこなされている鍛錬は、御屋形様の訓練と厳しさの差はないかと。まぁ、内容が違うので一概には言えませんが……薬草をタクミ様が作られているのを見て、少々過剰かと思いましたが鍛錬の量を増やさせて頂きました。問題なくこなせているのは、凄い事ですよ」

「え……そうだったんですね……」


 兵士さんの一日の訓練以上と聞いていたけど、フィリップさん達が護衛兵士になる際にやった訓練よりは……と思っていたんだが、同等くらいのものらしい。

 まぁ、護衛をするための訓練と、自分の身を守るための鍛錬とじゃ内容は違うだろうが、厳しさとしては似たようなものらしい。

 あれ? それじゃ結局エッケンハルトさんじゃなくて、ニコラさんが鍛錬の内容を決めた意味って……?

 ま、まぁ……エッケンハルトさんだと剣の鍛錬だけに留まらなかったかもしれないし、ニコラさんで良かったと思っておこう。


 これ、ティルラちゃんには言えないな……俺が筋肉回復の薬草を作ったからでもあるから。

 結局、ニコラさんからは俺が問題なく鍛錬をこなしているのと、薬草の効果で効率が良い事、そしてひたむきに努力していれば、いつかは刀の見本を見せた時くらいの動きはできるようになる、とお墨付きをもらった。

 本当にできるんだろうか? そう首を傾げながらもう一度素振りを再開して、終わってから汗を拭いてテントへ入ろうとした時、ニコラさんから言われた――。



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