第855話 こちらの干し肉は美味しくなさそうでした



「端的に言えば、硬いんです。そのうえ、しょっぱい……ただそれだけの物です」

「それは確かに、美味しいとは言えませんね……」


 硬くてしょっぱい……硬いのは干し肉だから仕方ないと思うが、それでしょっぱいだけというのはな……。

 俺が食べた事のあるジャーキーは、硬くても噛めば噛むほどうま味のような物も感じられて美味しかったんだが、やっぱりこちらでは違うようだ。


「どうしてもの時はそのまま食べますが、大体はスープにします。それでもしょっぱいだけで、美味しくないんですけど……」

「あぁ、煮込んで柔らかくするんですね。でも味付けが塩だけじゃ美味しくはならないですよね……」

「食料が他にあれば、一緒に突っ込むんですけどね。どちらにせよあまり美味しくなる事はありません」

「そもそも、食料が他にあれば干し肉を食べる必要も少ないですから」


 塩の塊ではないけど、干し肉を柔らかくしようとお湯で煮込んでも、食べやすくはなるかもしれないが美味しいとは言えないようだ。

 肉のうま味成分とか、干し肉にする過程でほとんどなくなっているんだろうし……ニコラさんが補足したように、他に食料があれば干し肉である必要性はないんだから、必然的に干し肉イコール不味い、となるわけか。

 長距離移動で数日村や街にいけない場合とか、干し肉ばかりになる事が多いらしい。

 こういう話を聞くと、駅馬の話がうまくいけば干し肉を食べる機会が減るんだろうなぁ、と思ってしまう。


 中継地点として使われるのが最良だけど、宿を併設したり人や馬が過ごさないといけない場所になる以上、食料を備蓄したり販売したりできるからな。

 ……ふむ、料理や食材を売るという商売も、多くの利益を求めなければ失敗しそうにないな……。


「……タクミ様が長考に入ったな。これは、何かセバスチャンさんあたりが喜ぶ事を考えていそうな雰囲気だ」

「そうですね、フィリップ殿。某達は、邪魔をしないよう黙々と食事を進めましょう」

「あ……いやいや、難しい事を考えているわけでも、セバスチャンさんが喜ぶだろうと考えているわけでもありませんよ。ちょっと思考が逸れただけです。スープ、暖かいうちに飲まないといけませんね」


 駅馬だとかの方向へ思考がずれてしまったため、考え込んでいた俺を邪魔しないよう、フィリップさんとニコラさんがヒソヒソとやり取りをしているのに気付いた。

 駅馬に関する話とかは、屋敷に戻ってからとか、一人で暇な時にしたらいいんだから、今は止めておかないとな。

 考えを打ち切って忘れないよう頭の奥へしまい込む……ようなイメージをしながら、フィリップさん達と話しながら食事を進めた……火にかけてある鍋に入っているから、スープは冷めようがないんだけど。


 ……何杯目かのおかわりするのを誤魔化そうとしているわけじゃない、うん……ヘレーナさんのスープ、馬の移動に疲れた体に染みるなぁ……。

 夜間の見張りをするので、体を温めたり小腹が空いた時用に多めにあるけど、飲み干してしまわないように気を付けよう――。



「はっ! ふっ!……はっ!」

「はぁっ! むっ! むんっ!」


 夕食後、食器などの後片付けをして少し経った頃、ニコラさんと二人で剣の素振りをしている。

 お互いが剣を振る際の声と、焚き火の音だけが響いている状況は、屋敷の裏庭よりも広々とした場所なだけあって、妙に集中できる気がする。

 ……屋敷の裏庭も十分過ぎるくらい広いんだけどな、レオがそれなりに走り回れるくらいだし。


 フィリップさんがこの場にいないのは、既にテントの中で寝ているからだ。

 深夜の見張りは交代制……ニコラさんとフィリップさんが交代で見張りをするんだが、今回はレオがいないので俺の見張りはなくなってしまった……自分だけってのは気が引けるけど。

 ともかく、寝る前の素振りをする俺に対し、先に見張り当番を担当するニコラさんも鍛錬をしたくなったという事で、二人で剣を持って素振りしている。


「はぁ……ふぅ……やっぱり、ニコラさんの方が振られる剣が鋭いですね……」

「ふっ……ふむ、まぁそれも長年やっているからでしょう。某は、ただひたすらに鋭く振る事を意識して、剣を振るいますからな」

「ひたすらに鋭く……」


 しばらく集中して素振りをした後、休憩するついでに乱れた息を整えながら、ニコラさんに声をかける。

 ニコラさんは、最後の一振りとばかりに上段から剣を振り下ろした後、こちらへ体を向けて答えてくれた……あっちは、ほとんど息が乱れてないなぁ……やっぱり、地力が違う。

 焚き火の明りだけで、暗がりでもわかるほどにニコラさんと俺では、鋭さが違うし、最後の一振りはほぼ見えなかったくらいだ。

 鋭く剣を振るニコラさんは、耐えず燃え続ける焚き火の光に照らされて、剣身のきらめきも相俟って剣豪のような雰囲気だった。


「今持っている剣も使いますが……御屋形様の許可がある時は、刀を使いますから。あれは、鋭く振る事に特化しています」

「確かに、刀は剣と違って斬る事だけを考えられたような物ですね」


 ショートソードでも、それこそナイフでも、押し斬る使い方をする事が多いのに対し、刀は引いて斬る物……だと思う。

 刀は扱いを間違うとすぐに刃こぼれしてしまう……斬ろうと思って剣で受けられても危うい。

 だからこそ、鋭く振るう事に主眼を置いて、受けられないように鍛錬しているのかもしれない。


 同じ護衛兵士さんでも、フィリップさんとは随分違うんだなぁ……あっちは、防がれても別の方法で次々と攻撃を重ねて相手を倒す感じなのに対し、ニコラさんは一太刀で切り伏せるようにしていると。

 もちろん、避けられる事もあるし魔物が相手ならオークでも、一刀のもとに……というのは難しいから、それだけじゃないんだろうけど。

 

「そういえば、ニコラさんは俺が刀を使い始める前に、エッケンハルトさんとお手本を見せてくれましたね。……動きが凄すぎて、あまり参考になった気はしませんけど」

「某も、まだまだ御屋形様には敵いませんが……常に高みを目指して鍛錬していますからな。ですけど、タクミ様ならいずれは同じようにできる日も来るでしょう」

「いやー、俺もあんな感じで戦うのは難しいと思うんですけど……」



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