第851話 自己流と言えるのも経験から来る事のようでした



 フィリップさんが言う自己流というのは、結局自分が今まで経験した事に対する答えのようなものなのかもしれない。

 どうすれば対峙した相手に勝てるか、どう連携すればいいのかを考えた結果、フィリップさんはあのようにオークを弱らせる戦い方で、ペアを組む俺の補助ができるようになって、連携しやすく感じたんだろう。


「えぇ、もちろん、それだけで全てが上達するわけではありませんが……何事も、ただこなすだけよりも、考えながらやった方が身に着くでしょう? それと同じで、経験も活かすように考えただけの事ですよ。それこそ、あの戦い方が別の魔物……例えばフェンリルだとしたら、向こうの方が素早く動かれるので同じ戦い方はできないでしょう」

「そうですね……相手によって戦い方を変える事も必要、と。確かにフェンリルは見ていると身軽に動くし、走れば人間では絶対に追いつけないくらい早いですから」

「そうです。まぁ、フェンリルと一対一で戦う時点で、基本的に人間側に勝ち目はありませんが……それはともかく、同じ戦い方をしていても全てに対して有効とは限りません。なので、経験をどう生かすか、どういう戦いをするのが正解なのか、常に考える事が重要なのだと思います。……旦那様の受け売りですけどね」

「エッケンハルトさんは、いつも考える事と言っていますからね。確かに、何も考えずに戦っているだけじゃ、上達はしても戦いの幅は広がりません……」


 フェンリルは、馬に近い大きさなのにかなり身軽に動く……レオがラーレを魔法で叩き落した際に、落下中のラーレを弾いた時もそうだけど、人間が簡単に追随する事はできないだろう。

 走るだけでも、絶対人間じゃ追いつけないしな。

 結局のところ、エッケンハルトさんがよく言っているように、思考を巡らせる事が重要なのか……まぁ、経験と言う意味じゃまだ剣を習い始めたばかりの俺じゃ、フィリップさんのようにできないのは当然なんだけど。


「あぁでも、タクミ様は見込み……とか素質とは別の意味で、大成できる可能性はありますね」

「そうなんですか?」


 フィリップさんの言葉を噛みしめて、これからも鍛錬を頑張ろうと思っていたら、ふと思い出したように言われた。

 素質とは別の意味って、どういう事だろう?


「ほら、あの……筋肉回復の薬草でしたか? あれがあるでしょう。旦那様も言っていたと思いますが、やはり薬草のおかげで鍛錬の効率が格段に上がっていますから。正直、ティルラお嬢様もそうですけど、鍛錬の量がそこらの訓練された兵士よりも多いですから。鍛錬の量と言うのは、結局最終的には地力となって裏切らないものですよ」

「あー、そう言えばそうですね。確かに考えてみると、かなり多めに鍛錬をこなしている気がします。まぁ、慣れたので最近はあまり意識していませんでしたけど」

「そうやって、素直に鍛錬に打ち込む事ができるのも、一つの才能かと。意味もない鍛錬に疑問を持ったり、考えている中で必要なさそうな事柄と言うのはありますが、単純な反復で得られる効果は、実はかなり力になってくれるはずですよ」


 お世辞も混ざってはいるんだろうけど、確かに鍛錬の量に関しては自慢してもいいくらいをこなしているか。

 筋肉回復の薬草のおかげで、最初にエッケンハルトさんから剣を習う時にも効率がいいと言われていたっけ。

 最初の頃は薬草があっても、疲労は回復しないために毎日疲れ果てていたけど、今は大分慣れたからな……薬草があるからこそ、多くの時間をかけずに一日でこなせている。

 もしなかったら、途中で疲れて動けなくなるだけだろうから。

 基礎的な鍛錬は疑問を挟む余地もなく重要だし、地力を示すのはその反復する鍛錬が物を言うのだから、ずっと多くの量をこなしているのは大きいんだろう。


「まぁ、鍛錬の事で相談があるなら、私よりニコラに聞いた方がいいですよ?」

「ニコラさんに?」

「はい。ネタばらしをすると、現在タクミ様とティルラお嬢様がやっている鍛錬のほとんどは、ニコラが考えた内容ばかりですから」

「え、そうなんですか?」

「旦那様に任せると、加減を知らない内容になりますから……自分でもわかっていて、初めてタクミ様達が剣を習う時に、様子を見て決めるよう旦那様から任されていたんです。あいつは自己鍛錬が大好きですから、ある程度加減をして決めてくれるだろうと。結局、薬草の効果もあって、内容が今のように異常とも言える程多くなったみたいですけど」

「異常って……確かに、薬草がないとまともに一日分をこなす事は難しそうですけど……そうなんですか、ニコラさんが……」


 俺やティルラちゃんがやっていた鍛錬の内容、そのほとんどがニコラさんの決めたものだったのか……ずっと、エッケンハルトさんが決めていたのだとばかり思っていた。

 フィリップさん達、護衛さんのトラウマになるくらいの訓練を課す人なので、薬草頼りではあるけどちゃんと毎日こなせる程度になっているのは、エッケンハルトさんらしくないな……と知ってしまった今ではそう思えるけど。

 てっきり、ティルラちゃんがいる事や、素人だから加減しているんだろうと思っていた。

 加減しても、一日でこなすにはかなりの量だから、そもそもにほとんど疑問すら感じなかったんだが。


「経験と先程は言いましたが、わざわざ魔物と戦いに行く事も難しいですから、鍛錬を地道にやるしかありませんけどね。なので、鍛錬の事で何か相談をするなら、ニコラに相談するといいですよ。……お、そう言っていたら、ニコラが合図をしています。そろそろ野営に入る頃合いですか」

「わかりました、ありがとうございます。ニコラさんにも相談してみますね。……もう大分暗くなってきたので、今日はこの辺りまでですね」


 フィリップさんが、俺にニコラさんへと相談をと言いながら、馬の速度を緩めて先を見る。

 話しているうちに結構な時間が経っていたらしく、日がほとんど落ちて辺りが暗くなっているため、先行していたニコラさんがそろそろ野営をしようと提案しているんだろう。

 多分、野営するのにいい場所も見つけたのかもしれない……所々に木があるくらいで、街道以外見晴らしのいい場所で、どこでも野営できそうだけど、俺にはわからない野営に適した場所というのもありそうだ。

 フィリップさんにお礼を言って、ほぼ歩くくらいの速度になった馬に一安心。

 話したり考えたりで気が紛れていたけど、やっぱり駆けていた時は揺れが激しくてお尻が痛かったしな――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る