第852話 野営の準備を学びながら手伝いました



「……こんなものですか」

「成る程、ここ以外は土が固いんですね。それで、この辺りなら土が柔らかくて野営をしやすいと……」


 ニコラさんが示した場所、街道から少しだけ離れた場所で馬を止めて降り、木に繋いでから野営の準備を開始。

 木の近くなのはおそらく、土が他よりも柔らかい事と、焚き火用の枝葉が拾えるからだろう。

 馬の世話や枝拾いをフィリップさんに任せ、ニコラさんとテントの設営をする中で、なんとなくだけど野営に適している場所の意味が少しだけわかった。


 テント設営って、木の杭を地面に打ち込んでいるから、硬すぎると打ち込むのに苦労するからだろうな……逆に柔らかすぎると、杭が抜けてしまったりもするけど踏み固めたり、杭を増やしたり縄で繋いだりして固定するようだ。

 固い場合と柔らかい場合、どちらも大変そうではあるけど、杭を打ち込む苦労が大きい分固い地面より柔らかい地面を選んだ方が、楽だとなんとか。


「そういう事です。多分、木々が近くにあるおかげなんだと思いますけど……私はよくわかりませんが、土が固いと設営するのも一苦労ですからね」

「できないわけではないんだけどなぁ……やっぱり、楽な事に越した事はないんですよ」


 焚き火用の枝を拾ってきたフィリップさんが、ニコラさんの言葉を継ぎながら歩み寄って来る。


「とりあえず設営できたので、次は焚き火ですか?」

「そうですね。やはり火を焚くのは野営にとって重要ですから……」


 火を焚くのは、夜の暖を取るのも理由だけど、周囲にここで野営をしていると知らせる意味もあるらしい。

 場合によっては魔物から発見されて、突撃される事もあるらしいけど、通りがかった人がいたら野営に混じったりする事もあるため、できるだけ火を焚き続けるのが多いのだそう。

 旅は道づれ世は情け……ではないけれど、固まれるのなら多くの人間が集まって固まった方が、魔物から襲われにくいし、もしもの時も対処ができる……という理由から、旅ではよくある事らしい。

 あまりないらしいけど、一人で旅をしていたら人恋しい事だってあるから……なんてフィリップさんは冗談交じりに言っていたけど、本当は一人だったらテント設営から焚き火まで全部やるのは大変だから、とニコラさんが教えてくれた。


 ……俺一人だったら、良くて焚き火をするくらいだなぁ……テントとかワンタッチテントですら、ちゃんとできるか怪しい所だ。

 今回、ニコラさんに教えてもらったからできたけど、木の杭を地面に打ち付けたり、布を被せたり紐を取り付けたり……二人以上でないと難しい。

 あと、一人でもなんでも焚き火を必ずした方がいい最大の理由として、飲み水や食料に関してだ。

 食料と火さえあれば味はともかく焼いて食べる事ができるし、飲み水は持っている水筒などの中身がなくなって近くに川がなくなった際に、雨露や魔法で水を集めて煮沸して飲み水にするとからしい……サバイバル、俺が考えているよりハードだ。


 レオがいれば、そのままでも飲める水を作ってくれるだろうけど、食器を洗う際などに使う水はあまり飲まない方がいいらしいと以前聞いた。

 まぁ、最終手段として煮沸消毒をすれば、白湯として飲んだり、冷まして飲み水として水筒に保存する事ができるからな。


「さて、それじゃ火を付けますかね……タクミ様、やってみます?」

「いいんですか?」

「別に、誰が火をつける役でも構いませんよ」


 枝を並べて、枯れ葉なども使って簡素な焚き火を作るフィリップさんを見ていたら、火をつけたいから見ていると思われたようだ。

 いつもはレオがやってくれるから、ちょっとやってみたかったのは確かだ。

 焚き火用の枝の前にいたフィリップさんが、立ち上がって譲ってくれたので、代わりにそこへとしゃがみ込んで魔法を使うために魔力へと意識を向ける。

 そういえば、魔法ってあまり使ってないな……屋敷で生活しているから、使う必要がないってのもあるけど。


「それじゃ……ファイアエレメンタル・キャンドル……」


 指先に火を灯し、燃えやすそうな枝に近付けて火を当てる。

 少しして、小さな煙を上げながら燃え始めた枝を見て、指を離して魔法を解除するが……結局枝の火は数秒だけ燃えて途中で消えてしまった。


「あれ……?」

「あー、タクミ様。そのやり方じゃ付きませんよ? 火が弱すぎるんです。まぁ、もっと燃えやすい物を使ったり、完全に乾いた薪とかならなんとかできるでしょうけど」

「そうなんですか? あぁ、でも確かにちょっと火が弱いですか……」


 火が消えて、首を傾げる俺にアドバイスしてくれるフィリップさん。

 そういえば、何かの映像で見た事があるけど、こういう時に火をつけるのはライター程度の火じゃ弱すぎるんだったか……できないわけじゃないけど、大抵は紙を丸めて燃やして種火のようにして……とかだったはず。

 あと、枝が完全に乾いているわけじゃないから、煙が多く出てしまうのは仕方ないにしても、当然火が付きにくいよな……焚き火用に組んでいる枝葉の中には、屋敷から持って来た薪が多少入っているけど。

 先に薪へ火を付ければ良かったか……と思うけど、そもそもに火力が低すぎて薪も燃えそうにないし、せめてもっと長めに魔法の火を当てているべきだった。


「こういう時はですね……ファイアエレメンタル・ストロングフレイムバーンアップ」

「おぉ!」


 俺に手本を見せるように、隣でしゃがみ込んだフィリップさんが枝に手をかざし、少しの集中をした後魔法の呪文を唱える。

 次の瞬間、手のひらから火が広がり、焚き火全体を包み込んだ……確かにこれなら簡単に一発で点火する事ができるな……思っていたより火力が強いけど。

 ストロングフレイムバーンアップ……強い炎とか、強火で燃え上がれってとこだろうか。


 組んだ枝葉を包んだ炎は、俺が使ったキャンドルよりも短い時間で消えたけど、勢いと全体に行き渡っていたおかげで、葉が燃え枝が燃えて別の枝へと燃え移り……と、消える様子はない。

 もちろん、途中で火が消えた部分もあるけど、範囲が広かったおかげで燃えやすい物に火が付いて、次々と燃え移って行っているため、全体では消えそうにない――。



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