第799話 ティルラちゃんが寂しさを感じる理由を聞きました



「その寂しいっていうのは、どうしてなのかわかるかい?」

「……タクミさんだけじゃなくて、レオ様やリーザちゃん……それに姉様も、ここからいなくなっちゃうんですよね?」

「え……?」

「ワフ?」


 ここからいなくなっちゃうなんて……俺達やクレアがいなくなると考えたら、ティルラちゃんが寂しがるのも当然だと思うけど、どうしてそう思ったんだろう?

 レオの前足辺りに抱き着いて、毛に顔を埋めるようにしながら、小さい声で話すティルラちゃんの言葉に、俺だけでなくレオも首を傾げた。


「いなくなるって、ティルラちゃんの傍からいきなりいなくなったりしないよ?」

「でも……タクミさんや姉様は最近、ここじゃなくて別の所に行こうと準備しています……」

「あー……もしかして……」


 言ったら、すぐにそれが現実になってしまうのが怖いのか、遠回しに言うティルラちゃん。

 とはいえ、別の場所でとか、準備って言われて何を寂しがっているのかピンときた。

 いきなりティルラちゃんの傍を離れたりするわけじゃないけど……確かにここからいなくなってしまうなぁ……。


「もしかして、ランジ村で薬草畑を作るっていう計画……かな?」

「……はい」

「そうかぁ……うん、まぁ……確かに屋敷から離れる事になるね……」


 ランジ村で薬草畑を作る際、『雑草栽培』に頼る部分が多いため、俺は当然村にいなければならない……まぁ、多少時間に余裕を持たせたとしても、さすがに屋敷から村へ通う事はできないだろう。

 クレアに至っては、作った薬草や薬を他の村や街に卸す先を見つけるために、ランジ村から離れる事だってあるから、当然こちらも屋敷にいる事はできない……余裕を見て、一時的に戻って来るくらいだな。

 ランジ村で俺やクレアが暮らす家も作られ始めているし、拠点というか、生活の場が完全にランジ村に移される事になるだろう。

 そうなると、この屋敷に残るティルラちゃんは皆に置いて行かれる……と考えてしまってもおかしくない。


 それなら、寂しくないように本邸に戻って、エッケンハルトさんととも考えたりもするけど、それはそれで、屋敷に新しい使用人を雇うという話すらなくなってしまいそうだからなぁ。

 お世話する人がいなくなれば、この屋敷は維持するために最低限の人を残して、新しく人を雇う必要はなくなるだろう。

 だからといって、今さら屋敷のすぐ近くで薬草畑を作るよう、方向転換する事も難しい……そもそもに、ワイン作りとも拘わっているため、今更こちらでというのはできないだろう。

 ラーレがいてくれるし、使用人さん達もいるのだから、完全に独りぼっちという事にはならなくとも、寂しいというのはそれとはまた別だよな。

 俺だって、クレアやティルラちゃん達と気軽に会えなくなると考えたら、寂しくなってしまうだろうから。


「タクミさんや姉様が、大事な事をしようとしているのはわかっています。それに、私の事を嫌って離れていくとか、そういうわけではない事も……。でも、その時の事を考えたら、どうしても寂しくなってしまって……」

「うん、うん……わかるよ。そうだね、確かにいつも遊んでいるレオやリーザ、俺もそうだけど、クレアとも離れ離れになってしまうと考えたら、寂しいよね」

「はい……」


 ティルラちゃんは年齢以上に賢いのはわかっている事だったが、ちゃんと俺やクレアがやろうとしている事の意味を、正確かはともかくなんとなくわかっているようだ。

 それに、ティルラちゃん自身が嫌われたとかではない事も、ちゃんとわかっている。

 でも、それでもやっぱり、一緒にいた人が離れてしまうと考えたら、寂しくなってしまうものなんだろう。

 大人でも寂しいと感じるんだ、十歳の女の子が寂しいと思って他の事が疎かになってしまうのも、仕方のない事なのかもしれないな。


「……だから、鍛錬や勉強に集中できなかったんだね?」

「だって、もう少ししたらいなくなってしまうって考えると、今のうちにもっと一緒にいたくて……遊んでばかりと言われるのも、当然なのかもしれませんけど。今日までラーレはいなかったですし、姉様は忙しくしています。だから、タクミさんやレオ様、リーザちゃんと一緒に遊ぶ事ばかり考えていました……」

「その時が来ても、寂しくないように?」

「本当にいなった時に、寂しくないかどうかは、今はわかりません。でも、遊んでいれば先の事を考えて寂しくなるのも、少しは忘れられますから」


 いずれ俺達やクレアは、ランジ村に行ってしまって離れ離れになる事が決まっている。

 まだいつそうなるかは決まっていないが、ランジ村に行く事自体は決まっているから……先の事を考えて不安になたったり寂しく感じるのは、仕方ない事なんだろうな。

 だからティルラちゃんは、レオやリーザと全力で遊ぶ事を考えて寂しさを紛らわせると共に、他の事にあまり集中していなかったんだろう。

 そんな風に考えているところに、クレアが勉強をとか、中途半端にするな……なんて言われたら、反発してしまうのも無理はないと思う。


「そうかぁ、確かに夢中になっていれば気分も紛れるよね。それが楽しい事ならなおさら」

「ワウゥ……」


 ティルラちゃんが話してくれた理由に頷き、同意しながら考える。

 レオは、ティルラちゃんが寂しく感じている事に気付かなかったと、すまなさそうにしながら、自分の体に全身を押し付けて色んな感情を我慢しているティルラちゃんに、鼻先を近付けていた。

 子供に我慢しなさいとか、仕方ない事だ……というのは簡単だけれど、それで抑えつけられて何もできず、ただ溜め込むしかできないというのは、考えるだけで切ない気持ちになる。

 これは、気付かなかった俺にも落ち度はあるなぁ、ランジ村の人達に歓迎されて浮かれたり、初めて部下というか人を雇う事になって、そちらの事ばかり考えていた事を、今更ながらに反省する。


 俺だけじゃなく、クレアもセバスチャンさん達も同様に、反省するべき点だなとも思う。

 ランジ村で薬草畑を始めてそこへ生活の場を移したら、この屋敷に残る事になるのはティルラちゃんだけ……というのは、少し考えればわかる事だからな。

 しかも、ティルラちゃんがそんな事を考えているとは露知らず、俺達はランジ村に行った先の事ばかりを話していたんだから、尚更だ。

 ティルラちゃんと離れる事を、寂しいとすら思わず……いや、実際に気付いていれば寂しいと感じていたんだろうけどな――。



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