第794話 感情をぶつけ合える相手がいるのは羨ましく感じました



 なんというか、ライラさんに迫力のある笑顔で首を傾げられると、それはそれで怖いな……クレアだけでなく、ライラさんも怒らせない方が良さそうだ。

 まぁ、誰だって子供の頃の話をされたら、恥ずかしかったりもするし、俺だって恥ずかしい話の一つや二つ……止めよう、うん。

 この世界に俺の恥ずかしい話を知っている人がいないのが、幸いだな。


「若い頃に全力で喧嘩をするというのも、良い経験でしょう。怪我をする程の激しい喧嘩でなければ、お互い本音をぶつけられて、いいのではないでしょうか?」

「孤児院の子供達は、喧嘩をした次の日には、以前よりも仲良くなっていたりしました。言い合っている程度であれば、大丈夫でしょう」

「二人がそう言うなら……まぁ確かに、溜め込んでいた事をぶつけあったりできるのも、いい関係と言えるんでしょうね」

「そういう事ですな」


 セバスチャンさんとライラさんに言われて、そういう関係の姉妹の方が、表面だけでなく芯の部分で仲が良くなれそうで、いい事のように思えた。

 二人に頷き、クレアとティルラちゃんが言い合っているのを眺める事にする……相変わらず、レオやラーレはおろおろとしている。

 最強と言われたり、国一つも滅ぼすと言われている魔物が、人間の姉妹喧嘩に狼狽えている姿は、ちょっと面白いかもしれないな。

 リーザには、ちょっと苦痛かもしれないが……あとで説明して、傷付け合うような事じゃないと安心させてあげないといけないけどな。


 ちなみに、シェリーは不穏な雰囲気を感じたのか、クレアがティルラちゃんを厳しく注意し始めた辺りで抜け出して、今はライラさんに抱かれている。

 誰に甘えたらいいのかすぐに察知できるみたいで、中々やり手だ……末っ子気質のようにも感じる。


「……ちょっと、羨ましいかもしれませんね」


 続くクレアとティルラちゃんの様子を見ながら、呟く。

 俺には、姉弟がいなかった……引き取ってくれた伯父さん達には子供がいて、俺のいとこにあたる人物はいたが、あまり深く関わったりしなかったからな。

 俺が引き取られる頃には既に家を出ていたし、顔を合わせるのも盆暮れ正月くらいなもの。

 引き取られた事を引け目に感じて、あまりこちらから話しかける事もできなかったけど、もしかしたら素直に話しかければ、もう少し違う関係になれたのかもしれない。

 

 向こうは、会う度にお土産と称して、俺に何かを買ってきてくれてたし、優しい雰囲気の人だなとは思っていたのに……なんのキャラクターかわからないお面を貰った時は、どうすればいいのか困ったりもしたが。

 もしかしたら向こうも俺にどう接していいのか、わからなかったのかもしれない。

 そう考えると、目の前で激しく言い合っているクレアとティルラちゃんは、お互い感情をぶつけられて羨ましく感じるな。


「では、私と喧嘩でもしますか?」

「急に何を言い出すんですか……セバスチャンさんと喧嘩なんて、絶対勝てないと思うので止めて下さい……」

「そうですかな? タクミ様は、旦那様に剣を教えてえもらっていますし、私では敵いそうにありませんが?」

「剣を持ち出すのはさすがに駄目でしょう。というか、わかって言っていますよね?」

「ほっほっほ、あちらの若いお嬢様方を見て、少々昔を思い出しただけですよ」


 そうだった……話を聞く限りでは、セバスチャンさんは元スラム出身。

 年齢的な事もあって、体力では俺が勝つだろうが、生きることに必死だったり、スラムで争い事だって経験して来ているはず。

 絶対勝てないと思ったのは、クレア達姉妹のような口喧嘩の事だが、経験してきた事が違い過ぎて、どうあってもセバスチャンさんには敵いそうにないな。

 あと、それなら私が? と言い出しそうな雰囲気を出すのは止めて下さいね、ライラさん。


 ライラさんなら、そういった事もお世話の範疇とか、よくわからない事を言い出しそうではあるが、さすがにそちらにも口で勝てそうには思えないですから。

 男女の喧嘩で、特に相手が体力的に劣る事がわかっているのに、殴り合いとかはもっての外だしな……そちらならヨハンナさんが……いや、あっちはあっちで剣でも勝てそうにないか。


「もう、姉さんなんか知りません! っ!」

「あ、待ちなさいティルラ! まだ話は終わって……!」

「ワウ!?」

「キィ!?」


 どうでもいい事を離したり考えたりしているうちに、言い合っていた二人はティルラちゃんが走り出した事で、突然終わった。

 呼び留めようとするクレアや、驚くレオやラーレの声を振り切り、俺達の横を走って屋敷の中へ駆け込んだティルラちゃん。

 屋敷の外に走って行ったりしていたら、追いかける必要があっただろうけど、幸いにも駆けて行ったのは屋敷の中だから、大丈夫だろう。

 さりげなく、セバスチャンさんがついて行ったので、あちらは任せても問題なさそうだ。


「もう! 話の途中で逃げ出すなんて……!」

「あー、お互い引かなかったですからね。まだ子供のティルラちゃんに、ずっと言い合いをしろというのはさすがに酷ですよ?」

「あっ……タクミさん……申し訳ありません、お見苦しい姿を……」

「いえいえ、珍しいものを見せてもらって面白かったくらいですよ。まぁ、言い合いを始めてすぐは、俺もレオと同じように少し焦りましたけど」

「ワウゥ……」


 ティルアちゃんが駆けて行った屋敷の方を見ながら、憤慨している様子のクレア。

 さすがに、そろそろ冷静になった方がいいかなと思って苦笑しながらだけど、クレアに声をかけた。

 俺やレオ達に見られているのに気付いてハッとなり、慌てて謝るクレア……その頬は恥ずかしさからか、リンゴのように赤くなっていた。

 最初は焦ったけど、セバスチャンさん達から話を聞いてからは、どちらかというと面白く見させてもらった……楽しむ事じゃないのかもしれないけど、あぁいうクレアを見るのも新鮮だったから。

 レオの方は、ようやく収まって一安心したように息を吐き、ライラさんに撫でられていた。


「タクミさんったら……レオ様も申し訳ありません。ラーレも。あと、リーザちゃんも……ごめんなさい、そんなに小さくならなくてもいいのよ?」

「ワウ」

「……もう、怖い事はない?」


 クレアが謝って、レオの背中で毛に埋もれるようにして小さくなっていたリーザが、ようやく顔を上げてくれた――。



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